愛とは、怖れを手ばなすこと (サンマーク文庫 E- 45)/ジェラルド・G・ジャンポルスキー
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こんにちは、リブラです。


今回から12回この本に沿ったレッスンについて、お話していこうと思います。


わたしがこの本を初めて読んだのは、今から22年も前になります。


そのときの本は、袰岩ナオミさん訳の「愛と怖れ」という題名でした。


どちらもジャンポルスキー氏著「Love is letting go of fear」の翻訳本なので内容は同じなのですが、訳す方が変わると随分雰囲気が変わるものだなあと新鮮な気持ちで本田健さん訳の「愛とは、怖れをてばなすこと」を、今、手にしています。


本田さんが表紙で「何十回も読み、そのたびに深く癒されました」と記したように、わたしも22年間に何十回も読み、そのたび怖れから這い上がり、もう一度この世界の愛を信じてみようという気持ちになりました。


今、時代はユニティに向かい、12月21日からは個人レベルでの「覚醒」や「アセンション」への波が一気に加速する勢いを感じます。


ただ、少し気になるのは「愛」(ユニティ)を現実とする人々は「愛に満たされた世界」へ、「怖れ」を現実とする人々は「怖れ一色の世界」へと移行するといわれていることです。


魂は怖れを持たないので愛を増幅させ、身体やマインドは怖れを持っているのでそれを増幅させることが想定されます。


1人の人の心の中で「愛と怖れ」の引っ張り合いも加速するのです!


怖れの増幅の波が来る前に、怖れの発生源をてばなすことが必要だと思いました。それで、今まで何十回もやってきた12のレッスンを今日から年末にかけて今1度やってみようと考えたのです。


この本の基盤は「奇跡のコース」という不思議な経緯で書かれた本にあると、著者のジャンポルスキー氏はいっています。


「奇跡のコース」はスピリチュアルなことなど一切信じない現実主義のヘレン・シャックマン博士の手が、ある日突然自動書記を始めたことで世に現れた本なのです。


当時、ジャンポルスキー氏は精神分析医であったにもかかわらず、離婚後のダメージから立ち直れず、アルコール依存に陥ってしまったそうです。


通常、独身者がアルコールに溺れると止めてくれる人もいないので、奈落の底まで落ちて行くコースをたどるのですが、ジャンポルスキー氏はここで「奇跡のコース」に出会ったのです。


アルコールで現実逃避していた精神分析医を、怖れから開放し、復活させ、世界30カ国に広がるヒーリングセンターを設立させ、愛やゆるしに関する著作を生み出させた「奇跡のコース」。


「愛とは、怖れをてばなすこと」は「奇跡のコース」のエッセンスをやさしく解説し、12のレッスンを通して、怖れをてばなす体験を促進させる実用書なのです。


今日はレッスン1


わたしが与えるものはすべて、わたし自身に与えている


All that I given to myself.


について考えてみます。


奇跡のコースには「与えることは受け取ること」という愛の法則が記されています。


どういうことかといえば、人に何かを与えるという行為をすると、与えられた人がなにかを受けとると同時に、与えた人は心の豊かさを受け取るということなのです。


この言葉はわたしから「欠乏感」や「犠牲」を取り除いてくれました。


物や時間はお金を使うことである程度受け取り可能ですが、心の豊かさを手に入れることはそう簡単ではないのです。


心の豊かさは心を満たし、安らぎと愛を感じさせてくれます。そして、欠乏感や犠牲の恐怖から開放してくれます。


20年前わたしは救急病院で検査技師をしていたことがありました。出血多量の患者さんが救急で運ばれてくれば、帰りじたくをしていてもまたそこから2時間くらい残業し、それで帰れるかなと白衣を脱ぐとまた急患がと続いて、帰り時間がいつになるかわからない日々が続いたことがありました。


そんなとき珍しく定時で帰れる日があり、喜んで検査室を出ようとしたら、電話が鳴りました。「帰る前に輸血の交差適合試験おねがいね」といわれ、しかたなく仕事に戻ろうとしたとき「与えることは受け取ること」という言葉を思い出しました。


「今日は時間通りに帰れたはずなのに」と時間を奪われた欠乏感を感じてもよいのですが、この日は時間を「与えた」気分で仕事しようと試みました。


同じ仕事をしていても、マインドが欠乏感を訴えないと気持ちが楽で検査業務はスムーズに感じました。そして、すべての作業を終えて検査結果を報告しにナースステーションに行くと、そこにいる看護師さんたちが口を揃えて「その患者さんは明日検査でもよかったのに」というのです。なにかの手違いで、緊急扱いになっていたようでした。


その日はそれから、てんかん発作の患者さんの脳波をとることになりまたまた残業になりましたが、脳波の機械を押しながら病室から出るととなりの部屋から会話が耳に飛び込んできたのです。


「ほんとはね、明日輸血してもらう予定だったけど今日やってもらえたから身体かほかほかあったかいの。今夜はよく眠れそうだわ。」


その病室の表札を見ると、わたしが適合試験をした患者さんの名前がありました。


わたしの心もあたたかいもので満たされたように感じました。


もし、欠乏感や犠牲を感じながら仕事をしていたとしたら、この言葉を聞いたとき心は豊かさではなく恥ずかしさや後ろめたさを感じたと思うのですが、この日は「与えることは受け取ること」の実体験を素直に感動とともに受け取れました。


まるで、見えない次元の存在に抜き打ちテストされ、みごとに合格した気分だったのです。あのタイミングで輸血した患者さんの会話を耳にするなんて、偶然にしては出来過ぎているように感じたのです。


不思議なことに、その日を境に残業の連続が途切れました。


「愛」をとるか、「怖れ」をとるかは自分しだいです。


どちらでも選択可能なら、「愛」をとるほうが楽ですよね。


そんなことに気づいたわたしでした。



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