今日はたくさん発見されたお茶の中から安そうな煎茶を煎ってほうじ茶を作りました。ほうじ茶を作る香りが大好きなんですが、香りを楽しみながらある思い出に浸っていました。
家の近所の商店街にあるお茶屋さんは私の子供の頃からある老舗で、昔からずっと店頭でほうじ茶を作っています。今は商店街に匂いを発する店舗(メンチかつ、パンや、焼肉屋、たい焼き屋等)が増えて、ほうじ茶の香りがかき消され気味です。でも昔はほうじ茶の香りにむせるほど、お店の前を通ると白い煙とともに鼻をの中を香りでいっぱいになりました。
その香りをかぐと、幼い頃母に手をひかれながらその通りを通った記憶が蘇ります。何故か母はお茶屋さんの前は早足で通り過ぎるんです。それには訳がありました。お茶屋さんの向かいにはやってるんだか閉めているんだかわからない歯医者さんがあってその前にいつも傷痍軍人と思われるおじさんが物乞いしていました。アコーデオンだったかハモニカだったかを奏でていたような記憶があります。母は早足とともに「見ちゃダメ」って言って私の手をぐいっと引きました。後で聞いた話によるとその立てなそうに無いおじさんは一日の営業が終わるとすくっと立ってタクシーで帰宅していたとか・・・
おじさんの他にも露天で七味屋さんのおじさんが赤いとんがり帽をかぶって売っていました。注文するとその場で調合してくれていました。
狭い横丁に入ると、母のお気に入りの舶来品の店があって、たぶん米軍とかから払い下げてきた物で半坪ほどの小さいお店はいっぱいでした。真ん中におばあさんがちょこんと埋まっているイメージの店です。そこだけアメリカの匂いがしました。缶詰・お菓子・化粧品等は皆英語で書かれていて子供心にウキウキしました。母は「ポンズコールドクリーム」を良く買っていました。私はお供する時はいつも「フィリックスちゃんの風船ガム」です。その頃流行の漫画でしたが、東京しかやっていなかったのか夫は知りませんでした。
一つの香りでここまで思い出に浸れるってすごいなぁって自分で感心してしまいました。それだけ長く生きてるって事でもありますね。