総合食品メーカーの営業主任、結城真司(35歳)は、

焼き鳥屋のカウンターでビールジョッキを握りしめていた。

入社して13年。同期が次々と課長に昇進し、

後輩が自分を追い抜いて新しいプロジェクトのリーダーに任命された。

真司は休日を返上し、数字を追いかけ、誰よりも会社に尽くしてきた自負がある。

それなのに、会社は自分を正当に評価してくれない。

焦りと屈辱。他者とのギャップばかりが目に付き、心は乾ききっていた。

「なんであいつが先なんだよ。俺のどこが悪いんだ?」

「こんなうだつの上がらない状況じゃ、結婚だってできるはずがない。」

「一体なんのために俺は働いているんだ…。」

「はい、お待ち…」、
焼き鳥屋の大将がカウンター越しに豚バラを差し出した。

「なんか大変そうだね。」

「えっ!?」

「なんか深刻そうな顔をしてるよ。」

真司は、気がつくと、自分の人生がうまくいかないこと、

「正当に自分を評価しない会社」や「自分を選ばない社会」のことを話していた。

目の前の大将は、
全てを悟ったような顔をしていた。
真司は、思わず、
「俺のどこが悪いんですかね?」と、口にした。

大将は、静かに、しかし確信に満ちた声でこう告げた。

「そういうところですよ!」

「え……?」
真司は言葉を失った。

激しい反発が胸に湧く。
「俺の努力を否定するのか!」
だが、大将はそれ以上、
真司を責めることも言い訳を求めることもしなかった。

「オーダー入りま~す!」
店員から、声をかけられた大将は、
「あいよっ!」と言って、
焼き場に戻る前に最後に言葉を残して行った。

「人生の主権を、
他者の評価から自分自身のあり方へとシフトすると、
笑顔が溢れ出しますよ…。」

その夜、真司の心に一粒の種が蒔かれた。

35歳の真司には、すぐにはその言葉の真意は理解できなかった。

相変わらず、翌日からも他者と比べる日々は続いた。

しかし、言葉は消えなかった。

時が経ち、真司が40歳を迎えたとき、

ふと自分の残された人生の有限性に気づく。

ギャップを追いかけ、

他人の評価に一喜一憂する生き方の虚しさに、

心が限界を迎えたその瞬間、

あの夜の言葉がリアルに蘇った。

「ああ、そうか。

俺は誰かに勝つことでしか、

自分の存在価値を認められなかったんだ。

悪いのは会社じゃない。

俺自身が、ありのままの自分を信頼していなかったんだ。」

心の矢印が外側から自分へとクルリと反転したとき、

張り詰めていた肩の荷がふっと降りた。

他人の評価という砂の城を追うのをやめ、

自分の人生のハンドルを自らの手に取り戻した瞬間、

真司の顔に、数年ぶりとなる本当の笑顔が溢れ出した。

それは、乾いた戦いの終わりと、

自分を愛することから始まる、

新しい人生の夜明けだった。