人生は、今日が消化試合だと思った瞬間から、
世界はモノクロームとなり、
人生の意味を見失う…。
世界は、もっと鮮やかで、
カラフルなはず…。
「消化試合」とは、
スポーツにおいて結果が既に出た後に残された試合を指します。
これを人生に投影すると、
「今日という一日が、未来の結果を変える可能性を持っていない」と断定することを意味します。
生きることは、自分の想いを表現すること。
つまり、私たちは、自らの意志で世界に関与し、変化を生み出す「クリエイター」です。
しかし、今日を消化試合だと捉えた瞬間、
私たちは、自分の想いを表現することを手放してしまいます。
人生の彩り(驚き、喜び、発見、感動)は、自分を表現することから生まれます。
すべてが決まりきった状態であると、
心は枯れてしまい、世界はモノクロームへと変貌します。
人生の意味は、「自分が何を得るか」ではなく、
「人生からの問いかけにどう応えるか」に宿ります。
「どうせ何も変わらない」という態度は、
世界からの問いかけを無視する行為です。
意味とは、自分の想いを表現することから生まれます。
自分の想いを表現することを手放した心には
、意味という名の光が差し込まなくなり、
結果として「人生の意味を見失い」モノクロームな世界が訪れます。
どんなに小さな表現であっても、
「人生からの問いかけ」に「新しい自分」として立ち向かうとき、
世界は再び色を取り戻しはじめます。

