昨日のセッションの中で、
日々の暮らしの中で大切なものを大切にして、
今日も一日やり切ったと思えることが幸せですよね…。
そのような対話をしました。
夕日を見て、「綺麗だな…」と思えるなら、
その日はきっと幸せな一日…。
夕暮れ時に、家族とともにいることに安堵感を感じるなら、
その日はきっと幸せな一日…。
そのような積み重ねが宝物になる。
日々の暮らしの中に
「ここまで!」と、
時間に区切りをつけることができる人が幸せな人だと思う…。
なぜなら時間は、命…。
時間に区切りをつけるという行為は、単なるスケジュールの管理ではなく、
「ここからは自分の時間、あるいは大切な誰かのための時間である」
という自分自身への宣言でもあります。
その本質は、命への敬意。
際限なく何かに追われるのではなく、
自ら「余白」を作る決断ができるからこそ、
日々の充足感(幸せ)につながるのだと思います。
私たちはつい「時間は明日も来るもの」と錯覚しがちですが、
実際には1分過ぎるごとに、私たちの命という持ち時間は確実に削られています。
「時間に区切りをつける」とは、
「私の命をこれ以上、無自覚に、あるいは不本意なことには差し出さない」という、
自らの生命に対する真剣な境界線を引くことです。
「何かに追われている」状態は、自分の命のハンドルを外側の出来事に握られている状態です。
自ら「ここまでだ」と区切りを打つ行為は、人生の主導権を自分自身の手に取り戻すことでもあります。
何もしない、あるいは目的を持たない「余白」は、効率を求める社会では無駄に見えるかもしれません。
しかし、その「余白」こそが、自分の内面を見つめ、大切な人の存在を感じるための「器」になります。
充足感とは、何かを得ることで満たされるのではなく、
余白の中に「今、自分がここに存在すること」の喜びが流れ込んでくる状態なのではないでしょうか。
生きることは、
「命の使い道に、自ら責任を持つ覚悟!」だと思うのです。