ソクラテスは、
「生きているだけでは人生の意味がない。」
という言葉を残しました。
たしかに…。
多くの人が人生を「自動化して」生きており、
「昨日うまくいかなかったことをひたすら繰り返す毎日」を送っています。
ダメなやり方を100万回繰り返しても、
同じことを繰り返し行い、違う結果を期待しても、
ダメなものはダメ…。
不幸を訴える人の多くは、
自分の行動が自分自身やまわりの人、
そして自分の幸福にどう影響しているかを
考えることをやめてしまっている、
思考停止している。
このような思考停止した日常のサイクルに一度入り込むと、
なかなか出ることができず、
ゆえに意味ある人生を歩むめなくなってしまう。
うつの症状に効果的な治療法は存在しますが、
薬が幸せをもたらすわけではないのです。
幸福とは「絶望がないこと。」ではなく、
「自分の人生には意味と喜びがある。」と、
人生を肯定的に捉えることなのです。
私たちは、
自分に必要なものではなく、
自分が予想するものを受け取っているのです。
不幸を語る人の多くは、
自分の気分がどうすればよくなるかを理解しています
理解しているけど、
彼らが有意義な日常習慣を行わないのは、
「その価値を無視している。」ためではなく、
思考停止状態により、
同じことを繰り返し行い、違う結果を期待しているからです。
有意義な日常習慣を
「実行に移すためのモチベーションを持たない。」ためです。
だから、このような人々は、
モチベーションを自ら上げることなく、
ダメだと理解しつつも、
同じことを繰り返し行い、
気分がよくなるのを、
ただ待っているだけなのです。
幸福の3つの要素として、
「すべき仕事」
「愛する人」
「楽しみなこと」があげられます。
意味のある仕事をし、
人間関係を保ち、
楽しみな約束がある時、
私たちは不幸を感じるのはできない。
この時の「仕事」は有償・無償を問わず、
自分に意味を与えるあらゆる行動を含みます。
そして、不幸を語る人の特徴は、
自分自身を幸せにする選択を行う能力を失ったか、
失ったと信じていることです。
しかし、幸福な人生を送っていようが送っていまいが、
私たちは自分の人生の責任を取る必要があります。
多くの人は、今いる不幸なのに、
安全だと信じている、
「安全地帯」の外に出ることに恐怖し、立ち往生しています。
今いる不幸なのに、
安全だと信じている、
「安全地帯」の外に出ることに恐怖し、立ち往生している状態から抜け出すには、
自分と向き合うしかない…。
恐怖を克服することは、
自分と向き合うこと。
それが望まない不幸を何とかする唯一の手段となるのです。
もちろん、幸福を生み出すまでには、
新しいことを学び、
古い行動を変え、
新しい人間関係を構築するなど、
多くの時間を要します。
しかし、
ダメなやり方を100万回繰り返しても、
同じことを繰り返し行い、
違う結果を期待しても、
ダメなものはダメ…。
だから、
時間を要するとしても、
自分と向き合うしかない。
生きることは自分と向き合うこと…。