私の中では、「あり方」と「余白」は、共に補完し合う関係のように思えてならないのです。

「あり方」があるからこそ、「余白」が生まれ、「余白」を愉しむからこそ、「あり方」が深まる。

「余暇」ではなく、「余白」なんだよね。

自分の人生のなかの、
何も書かれていない白いページのような…。
自分自身を愛し、
何を思い描いてもいい。

自分を愛することは、とても大切なことだと、
年齢を重ねて理解できるようになった。

そんな時に中秋の名月…。
私の想像力が刺激されてしまう。

 

 

 

 

思わずリプライしてしまった…。

私たちは、全体の中で生かされている。
だから、
何かに反応するわけではないのですが、
心の琴線に触れる言葉に触れると、
それがスイッチとなって、
自分の想いが溢れ出すことがある。
それが、全体の中で生かされているということだと思っている。

この世に一人しかいないとするなら、
なんと刺激がなく、
つまらない人生となるだろう。
むしろ、自分が生きていることすらわからなくなるのかもしれない。

生きることは、
人と繋がること。

人とだけでなく、
自然や、
生きとし生けるものとの
繋がりこそが、
私たちの生きる力となるのだろう。

死にたいとか、
生きる意味がわからないと、
悩んでいる多くの人は、
繋がり不足なのかもしれない。

たくさんじゃなくていい。
たったひとりでいい。
今は、SNSもある。
遠くの人、
地球の裏側にいる人とだって繋がれる。

「月が奇麗ですね」
この言葉に刺激を受け、
もう少し考察してみようと思います。

「月が綺麗ですね」、
この言葉にピッタリな返し、
それは「死んでもいいわ」という言葉と言われています。

こちらの言葉も同様にして、明治の文豪、二葉亭四迷が、
「あなたのものです」という意味のロシア語を
このように訳したことから広がったという説があります。

「暖かいですね」という言葉にも、
言葉以上の意味があります。
その意味は、
「あなたが隣にいてくれて幸せです」
という意味が込められているのです。
あなたが隣にいてくれるから、
私は心も体が暖かいように…。

(暖かいくらいがちょうどいいんですよね。燃えるような恋は、時に、恋焦がれてしまいます。)

「星が綺麗ですね」このフレーズには、
「あなたは私の思いを知らないでしょうね。」
という意味あり、
ちょっと気持ちには気づいて欲しい、
切なくも甘い恋心が秘められた言葉です。

最後にひとつ、
まるで溺れるような、
とっても深い愛情を感じたことはありますか?
「海が綺麗ですね」というフレーズは、
「あなたに溺れています」という意味の解釈もあるそうです。

以上、「中秋の名月」という言葉からの考察でした。