自分らしく生きる。

『自分の能力を最大限に発揮して、世のため人のために尽くす。』

このように考えがちなんですが、

自分の能力を最大限に発揮するのではなく、

自分に無理なく出来ることで相手を喜ばせる、

喜ばせることで相手に貢献できることの方が私にはしっくりする。

無理なく出来ることなので、継続することが出来ると思うのです。

そして、自分の能力を最大限に発揮して相手を喜ばせていると、

心のどこかで相手に対し、見返りを求めてしまう。

自分の能力を最大限に発揮することに自己犠牲を伴っているなら、

なおのこと見返りを求めたくなる。

見返りを求めていることに相手が気づくと、
相手は素直に喜べない。

世のため、人のために尽くす。

人は、相手の顔が見えることで、
具体的にお役に立ちたいと思える。

だから、常に何かできないかな?と考え、
自分に無理なくできることをするのである。

世のため、人のためと考えると、
対象が大きすぎて、
なかなか行動ができない。

つまり、自分らしく生きるということは、

自分の身近な人を喜ばせ、
身近な人に貢献することではないだろうか?

私たちは、自分の力で生きているようで、
実は身近な人のおかげで生かされている。

自分らしさというと、
どこか遠くにあるように考えてしまいがちだが、
すでに手の中に握りしめている。

握りしめている手を開くと、
そこに自分らしさが書いてある。

あまりにも、当たり前すぎて、
私たちは忘れているのだ。

めがねをかけていることを忘れて、
めがねを探しているようなことかもしれない。

自分らしさって、当たり前すぎて、忘れているのだ。

自分らしさって探すものではなく、
思い出すもの。