私たちは、頭を使っているようで使っていない。
頭を使っているようで、状況に反応しているだけかもしれない。
必要性や興味を持った時、
私たちは頭を使うようになっている。
脳の仕組みや脳細胞の数は人によって変わりはなく、
何が違うかと言えば、
必要性や興味があるかないか。
この必要性や興味の強弱により、頭を使う度合いが変わってくる。
どんなに頭が悪いと自分で思っていても、
車に乗ってデートがしたいと思えば、
人は勉強をして道路交通法を学ぶのです。
自分で車を運転する気が無ければ、
道路標識すら覚えないのです。
組織や会社に所属すると頭を使って仕事をしていると思いますが、
実は、自らの意志で頭を使っていることは、ほとんどないかもしれない…。
というのは、
いわゆる優秀と言われる組織人(サラリーマン)がこのようなことを言っている。
「我々組織人は、やることは簡単さ。我々の仕事というのは、ちょうど上司から塗り絵の宿題を与えられて、その決められた枠の中を塗り残しなく奇麗に塗った者が誉められるんだ。塗り残しがあると評価はマイナス。一番いけないのは、枠から飛び出て塗る人間。どんなにそれが良いことでも、枠から飛び出て塗ると、上からも周りからも叩かれる。それが組織なんだよ。」
なるほどと納得できる話だが、よく考えてみると何かがおかしい。
その優秀な人がよく言っていた言葉を思い出す。
「俺は、すぐにでもこの仕事に取りかかりたいけどさ、専務が決断しないんだよね。」
「そもそも、この仕事は職務の規定上、専務の決断がないとやってはいけないんだよね。」
あなたの意志は、
あなたの考えはどこにあるの?
「確かに現実はそうかもしれないが、果たして本当にこれで組織全体が回っていくのか? 成長発展していくのかな?」
頭を使っていない、
自分の意志決定がない。
人間だれしも誰かに認められたい、評価されたいという心理はある。
特に大組織になればなるほど、人事考課や組織上の評価が内向きで行われ、
どうしても「お客様に喜ばれる仕事」、
「自分として納得のいく仕事」、
「理想に燃えた仕事」、
「社会的に正しい仕事」とは食い違った次元で評価が行われることもしばしば…
いやほとんどが食い違った次元での評価となっている。
だから、多くの人が「上司から認められる仕事」、
「組織の中の周囲から認められる仕事」を優先してしまい、
自分よりも立場の上の人のご機嫌ばかり伺っている、
ヒラメ上司になっている。
(弱気をくじき、強気を助ける、思いやりのない上司。)
また、自分よりも立場の上の人の、言うことを盲目に実行してしまう、
伝書鳩上司になってしまっている。
(言われたことを自分の部下に押し付けるだけのずるい上司。)
これは、余談ですが、ヒラメ上司と伝書鳩上司は、
自分の手柄は自分のもの、
部下の手柄も自分のもの。
自分のミスは、部下の責任、
部下のミスももちろん部下の責任。
このような傾向が強い…。
そのような上司の仕事のパフォーマンスは、
なんか魅力がないというか独創性がない。
なぜなら、自分で頭を使っていないから。
全てがコピーなんだよね、前例主義というか。
コロナ禍の今、前例なんてないからね。
自分で考えないと。
自分で頭を使い決断した者は、目的を達成するために自らの判断で行動するので、
目的を達成する可能性がより高くなる。
さらに、結果に対して責任と誇りを持つことができ、達成感と自尊心が生まれる。
自分自身の経験を振り返っても、これまでのコーチングを振り返っても、
"自分が決めた"目標について話しているときは、
明らかにそうでない時と比べ、表情や声のトーンが異なります。
目標達成に対する熱意や知恵、思いやり、エネルギーが違うので、やる気に満ちています。
やる気や覚悟、情熱はおのずと相手に伝わるものなので、自分で決めたかどうかは、すぐに分かります。
従前で紹介した、いわゆる優秀と言われる組織人(サラリーマン)は、
頭を使っているかもしれないが、
それは、
「やり方」に対してであり、
自分の「あり方」、
自分の生き方について頭を使っていない。
だから、やる気や覚悟、情熱が伝わない。
本当に頭を使わなければいけないことは、
「やり方」ではなく、
「あり方」なのだ。
では、どうしたらいいの?
まず、自分の「あり方」を紙に書き出すこと。
書き出す内容は、
・この仕事は何のためにするのか?
・この仕事は誰の役に立つのか?誰に喜ばれるのか?
・この仕事を通じて自分はどうなりたいのか?
次に、それを人に説明すること。
そうすることでますます考えが深まり、
私たちは成長できる。
地味なんだけど、この繰り返ししかないと思っている。
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