自分が老いることを認めることは、とても勇気がいることだと思う。
老いる先には死があるわけで、
老いることを認めることは、自分が死ぬことを認めることとなる。
アンチエイジングや若さがもてはやされる日本において、
死を思うことは難しい。
死ぬ、
私たちの人生に終わりがあることを認めるからこそ、
今を大切に生きることができるのかもしれない。
今できることに全力を尽くすことができるのかもしれない。
終わりがあるからこそ、
今が輝くのであって、
私たちが死なないとわかっているのなら、
今なんてどうでもいいのかも…。
だって、
今日できないことでも、
明日、やればいいし、
明日できなくても、
その次の日にすればいいし。
そうなると、
何もしなくなるのかもしれない。
別に今しなくてもいいのだ。
老いることを認めようじゃないか。
そして、命に限りがあることも認めようじゃないか。
命を輝かせるには、
終わりを認めることが必要なんだ。
そのために、
ちょっぴりでいいから、
勇気を出す必要がある。
会社や組織においても、
自分の役割に限界があることも忘れないで欲しい。
いつ迄たっても、
会社や組織から引退しない人がいる。
そして、自分が若かったころの成功体験をいつまでも再現しようとする人がいる。
自分が老いていることを認めよう。
老害と言われないようにしよう。
でも結構ある。
多くの会社や組織において老害が発生している。
悲しいね。
ちょっと勇気を出して行動するだけで、
老害なんて発生しないのに…。
まずは小さな一歩を踏み出そう。
小さな一歩は
ほんとは大きい
不器用な一歩でも
怖がりな一歩でも
ちゃんと前に進むための
大切な一歩だから。