私たちは、老後の心配をしたり、

 

もしものことを考えて、

 

つい、将来のために今を我慢して生きたり、

 

今を楽しまず、将来のために生きてしまう傾向がある。

 

将来のために生きるのなら、

 

まず、今を楽しむ。

 

今を生きるということが大切なんだ。

 

そのようなことを

 

クライアントさんからのメッセージの中で改めて考えました。

 

そのメッセージは以下2つです。

 

 

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最近の僕は、当たり前に幸せ過ぎて、その幸せを認識こそしていたものの、

味わうことができていたかと言われると微妙なところでした。
僕はもっと幸せな事を味わうべきだった。

その気持ちを忘れていた。
当たり前のレベルが高くなってた。

 

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(病気をして退院した患者さんのリハビリの様子から)

「患者さんが最近歩くのが遅くなったんです。」
という相談があったのですが、

実は退院当初は、歩くという事だけに集中していて、

猪突猛進、車が来ても曲がり角があっても全く無関心だった、

でも今は話しながらゆっくりと歩く事を楽しめる様になり、

咲いている花などに気がつき、

眺める事が出来ていて、

遅くなったのではなく、

周りが見えるようになった事で、

歩行が安定した・・・。

 

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今を生きるというのは、

 

当たり前のことを丁寧に生きるとということかもしれない。

 

当たり前を味わうということかもしれない。

 

今の積み重ねが、

 

未来だから・・・。