非常に危うい状況にあるのに、
「大丈夫、大丈夫、何も問題ない…」
「問題ないと思い込みたい…」
と、思いたい場合や、
思い込んでいることがある。
そのような状況を端的にあらわしている図がある。
それが、それが、「こたつミカン」。
のんびりとこたつに入って、ミカンを食べながらくつろぐ家族がいる。
さも満足げで一見幸せそうだが、彼らが住んでいる家を見てみると、その地盤は方々にヒビが入り、今にも崩れそうな土台の上に建っている。
鳥瞰図的に全体を見れば誰でも大変な状況だということは良く分かるのだが、家の中にいる「こたつミカン」している家族の一人ひとりにしてみれば、自分の周りの部屋の中を見る限り、危機的な状況はどこにも見当たらないから、こんなに大変な状態になっていても、特に気に留める様子もない。
例えば、時にグラッと少し家が揺れたとしても、「どうせ軽い地震だろう。たいしたことないよ。」と傾いた壁の絵を元に戻す程度である。
火事や台風のように、誰にでもわかる目に見える危機ならよいのだが、この家族のようにのんびりとこたつに入ってみかんを食べている目に見えない危機の場合を考えると、目に見える危機以上に恐ろしいものです。
今日までの歴史を振り返れば、先人の引いたレールの上をただただ効率良く早く走ればよかった右肩上がりの時代であった。
しかし今日のように、先行きが不透明の時代であり、また内外から抜本的な改革を求められる時代においては、土台から変えていかないとまずい。
(2002年4月 宇佐美泰一郎 システムズ・アプローチによる改革の実践より抜粋)
何か変化しないといけない時、
私はなぜか、この、「こたつミカン」の図を思い出すのです。
今を大丈夫と思い込みたいのはわかるけど、
実は、自分を取り囲む状況は、
かなり最悪だということがあるのです。
少し視点を変えてみるとわかることなんですが、
気づかないことがある。
そんなことを戒めるために、
「こたつミカン」を思い出すのです。
人生や仕事、自分の身体において、
「こたつミカン」のような状況はないでしょうか?
もしあるとするなら、
これ以上先送りすることなく、
できることから、着手するしかない。
