Twitterで以下のつぶやきを見た。
『年を重ねると、他人との関係に壁を作るのが上手くなって、壁の中の安全な場所で、どんどん馬鹿になっていく。
そして、自分が馬鹿であることをすっかり忘れたとき、そこに怪物が出来上がる。』
その通りだなと思うと同時に、
以下のような思いが湧いてきた。
自分が信じて貫き通す軸(価値観や信念)は、大切。
それがないと、心が揺れて不安定な人になってしまう。
しかし、それに固執すると怪物になる。
固執してしまうと、自分以外は間違っていると思い込み、自分の考えを他人に押し付けることになる。
ということになるので、
自分が正しいと思うのは、
自分の中では正しいということで、
他人には他人の正しさがある。
という、考え方の方が、他人との軋轢がなくて、
笑顔で、心穏やかに生きていくことができるように思う。
他者と正しさを競い合うことは本当に時間の無駄であると思う。
でも、他人に自分の正しさを押し付けることに生きがいを感じて、いつも不機嫌な人、いつも不満を抱えている人がいる。
そのような人は、すぐに怒ったり攻撃的だったりする。
どこにでもいる。
このようなタイプの困った人。
それを怪物というように思う。
自分が絶対に正しい、なんて考えは、とても危険。
自分も間違っていることがある、
という謙虚な気持ちで生きること。
間違っているとわかれば、
自分の気持ちが許す範囲で修正すればいいだけ。
譲れないものがあるのなら、譲らなければいい。
それくらいの心のゆとりというか余裕が、人としての器の大きさとなる。
自分の考えを他人に押し付け、すぐに怒ったり、攻撃的になる人は、自分のことばかり考えていて、他人のことを思いやる心のゆとり(余裕)がないのだ。
金子みすずさんの詩のとおりなのだ。
『わたしが両手をひろげても、 お空はちっとも飛べないが、 飛べる小鳥はわたしのように、 地面(じべた)をはやくは走れない。
わたしがからだをゆすっても、 きれいな音は出ないけど、 あの鳴る鈴はわたしのように、 たくさんなうたは知らないよ。
鈴と、小鳥と、それからわたし、 みんなちがって、みんないい。』