ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンは、「情報の豊かさは注意の貧困をもたらす」という名言を残しています。
「情報」が増えれば増えるほど、一つひとつの情報に向けられる「注意」は減るわけです。
う~ん、「確かにそうだな。」
思い当たる節がある。
昔、役員室の業務をしていた時のことである。
役員のところには、毎日大量の情報が流れ込んでくるわけで、
「それを見ながら、ひとりの人間が把握できる情報量を超えているな。」
と、私は思っていた。
情報を吟味して考える時間はないので、情報にざっと目を通し、
流れ込んできた情報を「見た、知っている。」レベルで終わらせる。
「見た、知っている。」レベルの情報処理を繰り返していると何が起きるのか?
それは、発生した問題に対処するだけの仕事、
常に緊急かつ重要な仕事しかしなくなり、
まわりの人は、常にそれに振り回され、
みんなが疲弊していく。
そして、みんな、
「一体、なんのために仕事をしているんだ?」
と、思うわけです。
自分のやっていることに疑いを持ちはじめると、
人間の心には弱さが出てくる。
弱さが出てくると、迫力が無くなる、情熱が無くなるので、
ますます仕事がうまくいかなくなる。
ハーバート・サイモン氏の名言から、昔のことを思い出したわけであるが、
「情報の豊かさは注意の貧困をもたらす」という言葉は名言である。
インターネットの普及により、情報量は昔と比べると比較にならない。
それなのに、私たちの脳の処理能力は変わらない。
脳の処理能力が変わらないのに、情報量が多くなるということは、情報に対する注意力が減ることになる。
極端な話、情報を見ることで終わり、それがどのようになるのか、どのような意味を持つのかなど考えることはない。
それが、「見た、知っている。」レベルの情報処理を繰り返すということである。
情報を「見た、知っている。」レベルでは、雑談にしか活用できなわけであり、
物事に本質的な変化を起こそうと思えば、情報に注意を払い、考えなければならない。
そして、世の中に大切なことは、そんなにたくさんあるわけではないので、
もし、本質的な変化を起こそうと思うのなら、毎日接する情報量を減らす必要がある。
ひとつのことに深く注意を払うと、世の中の出来事は、全て繋がっていると思えるようになる。
私たちは、大量の情報の洪水に飲み込まれている。
必要のない情報は、勇気を持って、断ち切るほうが、よりよい仕事ができるし、よりより人生を送ることができる。