昨日のブログに私の実家は高度経済成長期に建てられた団地といいましたが、今はもうありません。
何せ建築から何十年も経ち老朽化が進んだため、取り壊されたのですが他にも理由があります。1960年代に建てられたマンモス団地は私たち世代が子どもの頃です。当時は多くの子ども達が街に溢れていましたが、その子どもたちも大人になり巣立っていきました。残されたのは高齢者になった親たちだけです。
ニュータウンだのマンモス団地だの言われた公営住宅は建物の老朽化に加え、居住者も老人だけになってしまったのです。
また、建物も4階建てで、中にはテラスハウスといったものもありました。私の実家もテラスハウスでしたが、今では考えられない低価格の家賃で2階建ての庭付き3DKでした。元々団地ができる前は竹林だったそうで、当時は団地を建てるのにもスペースは十分あったのでしょうね。
それが時代が移り、地値が高騰した上に、建物の老朽化、居住者の高齢化、非効率な建築のために全棟、高層住宅に立て替えられたのです。
もちろん、最新の住宅になったのですから家賃は急激に上がりました。元々住んでいた人は既得権で家賃据え置きですが、数年後には一般の家賃に引き上げられます。
なので、引き続き居住するか、引っ越すかの二者択一を迫られました。私の親は高すぎる家賃に辟易して、姉夫婦と同居する道を選びました。
で、数年前、久しぶりに元あった団地へ行ってみたのですが、街並みすっかり変わっていました。面影さえ残っていません。自分の家がどこにあったのかすら分からない状況でした。たった一つ、小学校が変わらず建っていましたので、そこを基点に元の住宅の姿を想像するだけでした。
私は並び立つ高層住宅を見上げながら、言いようのない寂しさを感じました。家一軒が消えたのではなく、街がごっそりと無くなっていたのですからね。 かつてあった家、かつてあった公園、道路さえも一切合切消え、私がこの街で育ったという根拠も一緒に消えていました。感傷に浸るとはこういうことなのかとしみじみしました。
今日のブログにオチはありません。
私の個人的な感傷です。
失礼しました。