東京45年【85-5】宇奈月温泉
1986年 正月、25歳、宇奈月温泉
玲が目を覚ました。長い髪が顔を覆っていた。
髪を掻き揚げると寝ぼけ眼でおはようと言った。
ヨレヨレと起きて俺の方に来た。俺は立ち上がって抱き寄せて、ソファーに座らせた。
『まだ、12時だからもう少し寝てれば?』
『もう良いわ。夜眠れなくなっちゃうわ。あれ、これ読んでたの?』
『ああ、暇だったからね。意味不明だった。。。。そうだ、玲に二つ言いたい事がある。一つ目は、あけましておめでとう』
『そうか。あけましておめでとうございます。本年も宜しく愛して下さい。。。ウフフ』と玲が言った。
俺はそれだけで嬉しくなった。本の影響なら悪くもない!
『嬉しいな。玲がそう言ってくれると嬉しいよ。愛するよ。今も愛している』
『二つ目は、えーっと、来週ダブルデートしないかなと思ってさ』
『え、誰と?』
『早稲田の山岳部の俺より一つ上の先輩で、菅井さんって言うんだけどさ』
『菅井って、あの純朴そうな、女は何も知りませんみたいな人?』
『知っているの?』
『私が大学に居た時の山岳部の人達はだいたい知っているわ。で、どうして彼なの?』
『合宿で恋バナをしていたら、会社に好きな人が居るって言って、みんなでこういうアプローチとか初めてのプレゼントは指輪は早すぎるとか。。。
いろいろアドバイスしていたら、初デートが上手く行ったら、会社帰りか土日の昼間にダブルデートしましょうっていう話になってね。
で、今日が初デートなんだってさ。
それなのに菅井先輩の実家に来るんだって。
それで今日会うんなら、次のデートはダブルデートって話の方が誘い易いかなって思って、俺からそう言ったんだ』
『それっていつの情報なの?』
『ああ、さっきだよ。玲が寝ている間に外をブラブラしていて、公衆電話で話したんだ。で、今日が初デートなんだってさ』
『へー、彼がね。うんうん、彼がどんな人を連れて来るのか興味があるわ』
『じゃあ、良いの?』
『勿論よ。日程はともかく会ってみたいわ』
『なんで菅井先輩に興味があるの?』
『あの人ね。凄く親切でしょう。
でも女性の免疫が全く無くて、私の同期が振られたのよ。
それが振られたのかどうかさえも分からなかったのよ。
部室に行ったら、あそこは汚い部室でしょう。
それなのに自分の学ランで椅子を拭いて、どうぞお座りくださいって、笑っちゃった。
それにしょうちゃんのお葬式で、真っ赤な目をしてわんわん泣いて、それで私の所に来て、「大丈夫です。大丈夫です。竹中先輩は僕の心の中に一生生き続けますから安心して下さい」って訳わからない事を言って。。。
私も泣いていたのに、笑っちゃったのよ。それが印象深くてね』
『へー、そうなんだ。なんか菅井先輩らしいな。
良い先輩だから応援したくてさ。
それに内緒だけど、童貞なんだってさ』
『えー、いくつよ。もう26じゃないの?今年27よね?彼女は?』
俺は彼女の情報を玲にインプットした。
『ああ、そうだよ』
『そりゃあ、腐り落ちる前にしなきゃあね。分かったわ。私も応援するわ』
『腐り落ちるって、玲!言い過ぎだぞ』
『ごめんなさい。でも本当に良い人よね。でも顔はそこそこで、性格も良いのに、全然女を理解していないのよね』
『どっちなんだよ。褒めてるのか貶しているのか』
『そうじゃないの。分析してどうやれば上手く行くかを考えているの』
『なんだ楽しんでいるのか』
『そうよ。司と私は幸せでしょう。ラブラブカップルと気がある者同士のダブルデートよ。思いっきり初心者マークのね。多分その子もバージンだわ』
『そこまで分かるのか?』
『だって、引っ込み思案だけど仕事が出来るんでしょう。で、遊び人の女は嫌いで、男とは話さない。なのに菅井とは会いたい。これは相当思い込んでいるわね』
『へっ、彼女が?』
『そうに決まっているでしょう。ただ、心配なのは菅井が焦る事ね。焦るとろくな事がないからね』
『手を出すっていう事?』
『それもあるけど、女はゆっくりゆっくり来て欲しいのよ。それは時と場合に因るけどね。彼女の感じだと急いで欲しいけど、表面上はゆっくり穏やかに進めて欲しいのよ』
『さすが、女だ。マーケティング係長、分析は完璧だ。でもさ、俺とは急いだじゃない。それは何故だよ?』
『言ったでしょう。ずっと前からあなたが欲しかったのよ。茂子さんと三人で会った時からね』
『ああ、それか!』
『羨ましかったって言ったわよ』
『ああ、まあ、女はわからん。言葉が巧み過ぎる。この本もそうだ。巧み過ぎると男に伝わらないんだよ。「スリリングな会話は無上のダイエット」なんて、他力本願じゃダメだろう』
『あははは、あなたは可愛いわ。好きよ、司』
『ねぇ、で、昼が良い?夜が良い?渋谷にしているけど』
『そうね、今日次第じゃないかな?どんな感じだったか夜電話をしてみましょうよ。楽しみが増えたわ。司、それよりお腹が空いたわ。どっか食べに行きましょうよ』
『ああ、良いよ。ただ、外は大雪だから暖かくしてね』
『了解です。主将!』
スリリングでダイエットなら冷や汗しか出ないよ。山でも登れば、1日2キロは痩せるのにと言ったら、男は字面だけよね、と更に意味不明になった。