東京45年【75-1】自由ヶ丘
1985年 冬、25才、東京
ゆっくり2時間で走るはずだった。考え事をしながら走るとついついスピードが出るらしい。
1時間半で家に着いた。
家に帰ると玲がエプロンをして食事の支度をしていた。
『あら、早かったのね?』
俺は玄関に座って、靴を脱ぎながら、その声で時計を見上げると7時を回ったところだった。
『ホントだ。考え事をしながら走ったから、ついつい早くなったみたいだ』と俺は言った。
玲はそう言っている俺の背中に手を置いて、くちびるを近づけてきた。
“お帰り”と言いながら俺にキスをした。
俺は汗だくの体を玲に押し当てて“ただいま”と言いながら抱きしめた。
『今日は美味しいご飯を作ったのよ。だからシャワー浴びてきて』と玲は俺の耳元で言ったが、俺は玲を抱き締めたままだった。
『どうしたの?』と玲は言った。
『なんとなく、玲を抱き締めたい』と俺は言った。
『もう。良いからシャワー。。。』と玲が言い掛けているのに俺はキスをした。
『愛している』と俺はキスをしたまま言った。
玲は、嫌々をしながら俺の手をすり抜けた。
『分かったからシャワー浴びて!ご飯が先よ!』と玲は強く言った。
『ちぇっ』と言いながら俺は風呂場に行った。
俺はカラスの行水宜しく5分で出た。
食事はパエリアと大根とがんもどきの煮付け、野菜がたくさん入ったスープ、それにサラダだった。
パエリアにはアリオリソースをかけて食べた。
玲はその下準備を昨日の夜に済ませたと言った。
玲は暇があると台所に居たが、だしを作ったり、いろんなソースやスープを作っていた。
それを物によっては、小さく氷状にしたり、タッパーに入れたりして保存していた。
だから、冷蔵庫や冷凍庫は訳の分からない物ばかりで溢れていた。
『玲の手料理は何でも美味いな』と俺が言うと
『いっぱい食べてくれるから作り甲斐があるわ』と玲が答えた。
『秀、聞いてくれる???』
『なに???』
『今日ね。会社に指輪をして行ったの。
そしたらね、みんながおめでとうって言ってくれて、女の子たちが、凄く羨ましそうに見に来たの。
それがとても嬉しかったの』
『そうか。玲は今まで頑張ったな!!!
自分で考えて、自分で変わろうって思って、やったんだね。。。
エライよ!!!俺、嬉しいよ。良かったな。。。
玲。愛しているよ。俺、玲を大切にする。
玲と出会えて良かったよ。。。。
あー、やっとここまで来たな~!!!』
『ありがとう。秀。私の事をそんなに喜んでくれて、ありがとう。私も嬉しいわ』
『玲、良かったな!!!』
『そう言えば、今日は、何を考えながら走ったの?』
『ああ、それか。午前中に教授に難しい質問をされてね。
一日中その事ばかり考えていたんだ。
答えは出そうで出ないんだよ。
だからついついそればっかり考えていたんだ』
『そうなの。小林教授は、質問ばっかりね。今度は何だったの?』
『多分、“科学をする為に必要な事”だと思うんだ』
『思うって、質問が分からないの?』
『いや。質問は「“義務嗜好”と“真実と真理”の次に来る質問は何だ」って事だったんだよ。
最初の2つの質問は学問の姿勢が答えだったから、次は科学の質とか、そんな事じゃないかと思って。。。』
『それで、“必要な事”になったのね?。。。たぶん。。。“客観”と“正義”だわ』と玲がサラッと言った。
『えっ、なんだよ。それ?』