東京45年【45-2】京都 | 東京45年

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東京45年【45-2】京都

 

 

 

1985年 秋の頃、25才、京都

 

 

龍馬と中岡慎太郎の墓からは、京都の街が一望出来た。空には晩秋の雲が何処までも悠々と流れていた。
車に戻り、祇園に向かう。

 

龍馬の墓からは目と鼻の先だった。

 

祇園の街は、八坂神社の門前に開けた茶屋町である。祇園六町の中でも新橋通を中心に東西160m南北100mの範囲が文化財として保存地区となっている。

神社の門前には料理屋、水茶屋、旅籠などができるのが普通である。祇園も古くにはそれらのものが社前にあった。

しかし、室町時代第8代将軍足利義政の時、1466年から11年続いた応仁の乱で度重なる戦火の為に、この辺りは一面の焼け野原となった。

江戸時代の始め、田んぼと畑が殆どの土地であり、水茶屋が少しだけあった。遊里らしい町になるのは、江戸時代の元禄を過ぎた宝永・正徳の頃からである。文化・文政時代になると300軒ぐらいの茶屋ができ盛大な賑わいが広がりをみせた。

 

谷口さんは、そんな事をスラスラと俺達に説明した。

 

さらに、谷口さんの説明はここで止まらずに、八坂神社の神様に及ぶ。

八坂神社の祭神はスサノオノミコトである。

日本を作ったイザナギとイザナミ夫婦が、アマテラス、ツクヨミ、スサノオの3人の子供を作った。太陽の象徴であるアマテラスは国を治め、月の象徴であるツクヨミは夜の世界を治め、さらにスサノオは海原を治める事になった。

そのスサノオは神仏一体神となった。八坂神社は古来祇園社といったが、明治時代に発令された神社と寺院を区別する神仏分離令により八坂神社となった。
 

 

八坂神社の中は、広大な境内にいくつもの社があった。二人で本堂に行き、お参りをした。とにかく広すぎて、行ったのは本堂だけだった。そして、直ぐに谷口さんが待つ駐車場に戻った。
 

 

『今度は何処に行かれますか?』と谷口さんが聞いた。
 

 

『三十三間堂に行きたいわ』と玲が言った。

 


国宝三十三間堂は、後白河上皇が出家し、院政を行った時代に平清盛の援助を受けて、1158年にその御所に建てられた。南北に120mの長さの回廊があり、手前からはるか彼方へ一点透視的に漸減する眺めは、胸のすく壮快さだった。通し矢と呼ばれる競技をした事を聞く。晴れ晴れとした空と庭には白い玉砂利が敷き詰められて、青と白のコントラストの中に静かにその佇まいを見せていた。
 

 

『次は何処に行くんだい?』と俺は玲に聞いた。
 

 

『次はもう無いわ。ここが見られて満足よ。少し疲れたわ。ホテルに戻って休まない?』と玲が答えた。時間は、午後3時を回っていた。
 

 

タクシーに戻り、谷口さんにそう伝えると、『お疲れになりましたか?かなりの距離をお歩きになりましたからな』と答えた。ホテルまでの道々で、谷口さんは、二人に会えた事に感謝すると言った。
 

 

『こちらこそ、大変お世話になりました』と俺は答えた。
 

 

『迷ったら連絡をしても良いかしら?』と玲は谷口さんに聞いた。
 

 

『それは大歓迎です』と谷口さん。そう言って、タクシーを降りた時に連絡先を交換した。
 

 

『また迷うのかよ?』と俺は玲に言った。

 


『この先、どんな縁が待っていて、迷うような事が無いって言い切れないでしょう?』と玲。
 

 

『それはそうですな』と谷口さんが言った。

 

 

『諸行無常と言いまして、この世の現実存在は、姿も本質も常に流動するものであり、一瞬と言えども存在は同一性を保持する事が出来ない事です。

 

 

諸行無常。。。

後年、俺が学ぶ事になる量子力学の『量子もつれ』と同じ考え方だ。

それ故に、ノーベル賞を取った物理学者達は、東洋思想と量子力学があまりにも似通っている為、傾注している方々が多い。

一方で、現代哲学と量子力学の宇宙論がそっくりである。

故に、いづれ、科学と宗教と哲学が一体化する事もあり得るだろう。

 

平家物語の有名な出だしです。”祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り、盛者必衰の理を表す”とな。

だからこそ、人は諸行無常にならないように努力をするのです。

 

人生はうたかたの華です。儚いものです。それを知り、うたかたを謳歌するのです。

 

いいですか?

今、お二人はお互いを必要としている。

必然がお有りになるお二人ですから、当然そうなります。

これからもお互いがお互いを敬い思っていきなはれ。

そうすれば、諸行無常とは縁遠い事となります。

そうして相思相愛の関係がいつまでも保てるように努力しなはれ。

お二人にお会い出来て私は、また一つ勉強になりましたわ』
 

 

ホテルに着いて、去り際に、俺は、谷口さんは昔からタクシーの運転手なのかと聞いた。

すると、小さなお寺の住職をしていたと言った。それを聞いて玲と俺は唖然とした。

 

 

そして谷口さんは唖然とする二人を置いて、『縁がありましたら、またお会いしましょう』と言って走り去っていった。
 

 

ホテルに入り、ロビーでお茶を飲んだ。ビックリしたわと玲が言った。
 

 

『ホントだな。まさか住職だったなんて。道理で詳しい訳だよな』
 

 

『でも、住職じゃあ分からない京都の歴史をあれだけ知っている人も珍しいと思うわ』
 

 

『そうりゃそうだな』
 

 

『今日はホントに素晴らしい日になったわ。ありがとう。秀』と玲は恭しく言った。
 

 

『何を改まっているんだよ。普通にしていただけだぜ』
 

 

『分かっているわ。今までは、私が普通に出来なかったのよ。それが、昨日よりも今日はもっと自然にいられたわ。それは秀のお陰よ。秀はどんな感じなの?』
 

 

『俺はやっと玲とずっと触れている気がする。今まで遠慮がちに玲を見ていた気がする。いろんな事を知り、お互いに感じる事が出来たから俺も嬉しいよ』
 

 

『私は、秀と重なった気がするわ。心の襞の一つ一つが全部ピッタリと秀の心と重なった感じがするわ』
 

 

『俺も同感だよ』
 

 

 

部屋に入って、玲は、俺に抱き付いてきた。

 

 

そして、『ねえ、秀。抱いて』と玲は言った。
 


空調が調った部屋は暖かく、直ぐに二人の体をほてらせた。

 

 

二人とも、コートとジャンパーを着たままで、靴も脱いでいなかった。

 

 

玲を抱きしめながらコートを脱がした。

 

 

玲はそれに答えて、俺にキスをした。

 

 

そして玲は、俺のジャンパーを剥ぎ取るように脱がした。

 

 

俺は優しく玲の体を抱きしめて、荒々しく玲にキスをした。

 

 

 

褥が要らなかった。