以前の動画(紫合はユダヤ?)の中で、秦氏が八幡神社と稲荷神社を作ったというお話をしました。
今回は稲荷神社について説明をしたいのですが、
実はこのイナリほど好き嫌いが分かれている神様はいません。
崇敬している人は、もう親・子・孫と代々やっていますし、よく街でも見かけると思いますが、会社を経営している人などは、屋上に祠を建てたりする位です。
逆に忌避する人は、この「イナリ」と見た瞬間、ひょっとしたら、このブログなり動画のページをもう閉じてしまっているかも知れません。
それくらい嫌がります。
ではなぜそんなに嫌がるのかとその人に聞いてみますと、大抵の人は
「キツネという低級動物霊が私にくっつくから・・」等と
イナリとキツネを完全に混同してしまっているのです。
本来は稲荷とキツネは全く関係のないもだったのです。
前回の動画でも少しお話しましたが、稲荷神社は秦氏が作ったとされています。このルーツは一説ではイエスが磔になったときに、その罪状書きにしるしてあったINRIという文字が元といわれています。
こういうと「I・N・R・Iってインリと読むんじゃないの?」
と思われるかもしれません。
これは当時、「N」一文字で「ん」と読む習慣・風習がなく、
I・N・R・Iの「N」が「ナザレ」(ユダヤの王ナザレのイエス)の略字だったため
Nを「ナ」と発音し、イナリとなったのです。
そして、日本では「宇賀之御霊」「宇迦之御魂」(ウカノミタマ)
という御神名で伊勢外宮の豊受大神と同一神とされていま
す。
このウカとかウケというのは食物・穀物を表します。
先ほどの稲荷とキツネを混同している人に限って
「伊勢神宮は良いわよ~、伊勢に行きなさいよ」などと言っていることが多いのですが、
実は外宮の神様と同一神なのです。
例をあげると
1.摂津国風土記に
豊宇可及売神(とようかのめ)、常に稲倉山に居まし、(中略)比犀乃真奈韋(ひじのまない)に移り行きき」
とあります。
このヒジノマナイとは外宮の元伊勢の一つであるヒヌマナイ神社の事を表しており、当然御祭神は豊受大神です。
2.建築関係の人や、今度マイホームを建てる予定の人で棟上げ式を正式に神主さんに頼んでやる方は、注意深く聞いていただくと分かると思いますが、上棟祭祝詞の中に「屋船豊受姫命」と出てきます。
これは延喜式祝詞の大殿祭(おおとののほがい)に
屋船豊宇気姫命について「是は稲の霊にます。俗の詞(よのことば)宇賀能美多麻」と注釈があります。
3.稲荷大神秘文(ひもん)に「豊受の神の流れを宇賀之御魂命と生り出で給ふ」
4.羽田空港近くにある穴守稲荷には御祭神名が「豊受大神」となっている
などと枚挙にいとまがありません。
ではなぜキツネがでてくるようになったのでしょうか?
これは密教が日本に来た時、ダキニ天とイナリ神が同一視されるようになったからです。



ダキニ天とは写真のようにキツネに乗った仏様というか天なのです。
イナリが庶民に爆発的に広がったのですが、やはり難しい理論より「早い話がキツネ姿の神さんやで」といった方が誰でも分かりやすいというのがあったのかもしれません。
先ほどのイナリを忌避する人にこのような話をすると、決まって「ご本霊は帰られてキツネだけが残っている」
などと言う事が多いです。
確かに例えば、昔この辺一帯が遊郭で、現在は繁華街になっている・・
等といったところにも大抵イナリ社は有るものなのですが、こういうところは確かにそんな感じもします。
断っておきますが、当ブログで何もイナリを推奨している訳ではありません。
私も好んで積極的に稲荷社に行こうとは思いませんが
ただ、調べもせずになんでもかんでも闇雲に忌避するのも如何なものかと言っているだけなのです。
今回行った弓月神社は確かに鳥居に「稲荷大明神」とは書かれているものの、狛犬をはじめキツネの像は一つもなく、本当にI・N・R・Iを感じさせる・・
まぁこれも一つの説なので、本当にそうだったとしたら、
「イエスキリストを祀る神社」
という違和感タップリの神社ということになってしまいますが、「八上」(YHWHのカミ)というこの辺の地名といい、社に飾ってあるマーク(紋)といい、秦氏の祖である「弓月」という社名といい、古代イスラエルを連想させる神域となっています。