先日、何気なしにテレビをつけていましたら、
関西の難しい地名や人名の読み仮名が紹介される番組が流れていました。
そこに、兵庫県の猪名川町にある、紫に合う・・「紫合」と書いて、何と読むでしょう?
というのが有り、出演者全員が答えられませんでした。
答えは「ゆうだ」なのですが、番組での解説は
「もともと夕日の田んぼ・・で夕田で、その夕日が紫に見えるから」
みたいなことを言っていました。
しかし、それでは別にそこでなくても、もっと他にも紫の夕日が綺麗なところなんて、いっぱいあるはずだと思いまして、ネットで検索したりしてみましたが、
やはり同じような答えが並んでいて、他には「結ぶ田」と書いて「結いの田」
つまり、みんなで共同の田んぼがあったから「ゆうだ」になった・・・等といったものまで有りました。
しかしそこまでくるともはや紫はどこへ行ったのやらといった感じで、どれもしっくり来ませんでした。
そこで、私が色々考えた結果、結論から申し上げますと、
それはズバリ、
ユダヤまたはユダから来た「ゆうだ」ではないかということです。
これも単に語呂合わせだけだと「おやじギャグ」の好きな単なるそのへんのおやじ・・
ということになってしまいますが、 私はこのあたりの地図を見てびっくりしたんです。

これは紫合を中心にグーグルマップで「神社」と検索しただけのものですが、
まず川西ICの近くに スサノオ神社が2社、 上野スサノオ 広根スサノオ 原スサノオ とあって、 この太刀脇神社も御祭神はスサノオ 八阪も御祭神はスサノオ
この地図は車で言うと5分10分という範囲です。
この狭い範囲にこれだけスサノオの神が祭られている所は 多分そんなに無いと思います。
スサノオというのは京都の八坂神社の御祭神でご存じの通り祇園さんといわれて祇園祭は有名だと思います。
実はこの祇園祭りというのもナゾの多い祭りと言われています。
そのひとつが祇園祭で行われる山鉾巡行で山鉾に掛けられているタペストリーに聖書とか中近東風の景色、ピラミッドにラクダに乗った風景など、おおよそ日本古来のお祭りとは思えない絵がかかっているのです。
祇園祭は古代イスラエルで行われてきたシオン祭りにその目的や開催期間なども含めてそっくりなのです。
そもそも「祇園」という言葉自体、日本語や中国語の語学的観点からは説明がつかないそうです。
つまり八坂神社も含め祇園祭りとも古代イスラエルから持ち込まれたものと考えてよいと思います。
そしてその京都の祇園さんであるスサノオが、猪名川町の紫合近辺にこれはもう不自然ともいって良いくらい多く祭られているのです。
古代イスラエルだからユダヤまたはユダから来たユウダなんですが、
それではなぜ「紫」に「合う」なのでしょうか?
これは古代イスラエルから来た言葉には結構発音はそのままで、全く読みは違うけど意味は通づる漢字をあてている例が多いのです。
たとえば「太秦」なのですが、これは日本書紀などには貢物をうずたかく積んだので・・
などと書かれていますが、べブライ語で「光の賜物」 うず(光)まさ(賜物) という意味に、古代イスラエル系の渡来人で東方キリスト教徒であった秦氏の秦をあてたものなのです。
ついでにいいますと、相撲もヘブライ語からの当て字になります。
旧約聖書 創世記 第32章にヤコブがある人(神)と組打ち(相撲)をしたという記述があり、その神を指す「彼の名は」という部分に何回もシュモーという言葉が出てきています。
それだけだと単なるこじつけかと思うかもしれませんが、
「はっけよい」 (これは聖なる戦いなので遠慮なく)思い切り投げ倒せ
「のこった」(征服した)やったぞ
というヘブライ語だったと聞くとどうでしょうか。
話はそれましたが、それではなぜ「紫に合う」なのでしょうか?
これはユダヤ人にとって紫というのは特別の色、高貴な色、帝王の色とされています。

ですからマルコによる福音書15章にもこのような記述があります。
もっともこの場面においてはイエスキリストを侮辱するためにわざと紫の衣を使ったということを表しているのですが、紫というのが特別な色というのは分かると思います。
古代ユダヤ人が・・・しかも紫の位、つまりそこそこ高貴な身分だったユダヤの人がこの地にきたのではないかと・・・ そして合は集合などの合、つまり沢山のユダヤ人がこの地に来たのではないかと考えています。
ちなみに「イエスの罪状書きには『ユダヤ人の王』と、しるしてあった。」 というユダヤ人の王とは十字架にはりつけになったキリストの絵などを見るとわかると思いますが、「INRI」と書いてある部分のことです。
これは日本のある神社と関係があるとされているのですが、話がながくなってしまいますので、この話は次回にしたいと思います。
そして紫合から県道12号線を北方向、つまり丹波篠山方面に行きますと、今度は八坂神社という名称でスサノオさんがちらほら出現するのですが、極めつけは丹波篠山に波々伯部神社(ほおかべ)というお社があって、ここは「丹波の祇園さん」とも呼ばれ、ミニ祇園祭も斎行されるようです。
そして更に極めつけはこの近くに弓月神社という神社があります。
弓月というのは弓月の君といって先ほどの秦氏の祖とされています。
秦氏というのは古代イスラエルからの渡来人であり、また東方キリスト教徒で、日本の殆どの神社は秦氏が作ったとされています。
こういうと「殆どなんて大げさじゃないの?」という方もいらっしゃると思いますが、八幡神社、稲荷神社を作ったとなればあながち大げさでもないかと思います。
今回の話はスサノオを題材にしていますので詳しくは触れませんが、紫合の交差点の住所で八幡傍という地名があります。
ここに一番近い神社が天森神社というところなのですが、こちらは主祭神が白山姫、その脇にホンダワケの尊がまつられているとされていますので、ホンダワケ=八幡さんなのですね。
そして八幡といえば、もともとはヤハタの神。
ヤーとはヘブライ語でヤハウェの神(ヤーひと文字で神)を表すのですが、 日本神道でも 八咫烏・八百万神・八坂・八千代・八雲・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・八握の剣(やつかのつるぎ) などというように漢字の八と書いて「やー」というのが多いです。
ヤーのハタ、つまり秦氏の神なのです。
紫合からここに来るまで地図をたどっていけば八幡神社や稲荷神社が点々とあったと思います。
勘のいい方なら、先ほどのINRIってもしかしてイナリ?
と気づいた人もいるかと思いますが、稲荷神社も秦氏が作ったとされています。
繰り返しになりますが、秦氏は古代イスラエルからの渡来人です。
つまり神社を見ると、猪名川町から丹波篠山にかけて古代ユダヤ勢力が結構根付いていたのではないかと思われます。
https://youtu.be/bGdY8UFzk2Q