ここで紹介する4人は、働くのが大変になったとき、自分が好きなことをできる新しいキャリアを見つけました。
by Jan Blaustone on September 1, 2007 - 10:17am
QUEST Vol. 14, No. 5 に掲載された記事です。
身体の健康は私たちはコントロールできないけれど、何をするかを選ぶことはできる。この4人は、仕事を辞めるざるをえない身体の制限に直面した時、「これをする!」という姿勢になりました。強みと、ポジティブシンキングによって、新しい満足できるキャリアを見つけたのです。
自分自身を受け入れましょう
Helena Madsenの肢帯型筋ジストロフィーは、偶然17歳のときにわかりました。疲れが、重大な病気によるものだと思い、医者は血液検査をしましたが、肝臓の酵素の値が高いのが見つかっただけでした。でも、それがLGMDの診断を導きました。いくつかの神経筋疾患の症状があることで、彼女は多くの年月を「否定して」過ごし、ただ人生を送っていました。
大学卒業後、忙しい保険会社で13年間国中を飛び回り、彼女は20代でありながら40代のように感じていました。
Madsen:「私はイリノイ州Gelbertsにいました。20代後半のこと一人で自分のアパートに住んでいて、教会で活動したり、仕事のための多くの旅行に耐えていたわ。疲れを感じていたの。本当に疲れていた!」
そのとき光があらわれました。筋ジストロフィーが登場したのです。
Madsen:「その生活は私にとって、とてもはやいペースで、もうやりたくないと思いました」
そのとき、Madsenは自分の人生の戦略的プランナーになりました。旅行という面に注目して、会社の研修に参加し、教会のケアをする機関により参加するようになりました。教会での主導的な役割は、素人のカウンセラーとしてボランティアをすることでした。
Madsen:「カウンセリングでは、人生のあらゆる場面で、それを乗り越えるための力を必要としている人を助けます。プロのカウンセリングの代わりではないけれど、補足的なもので、私は好きです。私は人生の違う目的を見つけて、それを可能なキャリアとして、「私はこれができる!」と追い始めました。」
Madsenはカウンセリングプログラムの修士を取得するために、Northeastern Illinois大学に入学し、3年半の間、フルタイムで働きながら夜に学校へ通いました。
Madsen:「目的があって、それに向けて動いているときは、とてもモチベーションが上がります。私がした決断のなかでとってもよいもののひとつになりました。」
Mdsenは今、プライベートの練習として慢性病患者のカウンセリングをしていて、パートタイマーとして、シカゴ・コミュニティ・カレッジの生徒のカウンセリングをして働いています。
Madsen:「私は自分の診断と長年闘っていました。変わりたくなかったのです。完全に見える世界にいたかったし、病気について誰にも話しませんでした。病気にはそういった恥じらいがくっついていると私は学びましたが、もしあなたが真実を隠していたら、自分を受け入れることはできません。一歩進むには、自分を受け入れなければいけません。」
Madsen:「もし私が筋ジストロフィーと診断されていなくて、進行する病気の途中にある、たくさんの「小さな消失」を経験していなかったら、今の私が好きなキャリアは決して訪れなかったです。」
進行性の病気がある人へのMadsenからのアドバイス:「何かを目指すのに待ちすぎないでください。まだエネルギーがあるうちに学校へ戻ってください。たとえオンラインのコースであっても。あなたの能力は使われる必要があります。あなたが好きなことをするのに「心地よい場所」を見つけて、「私はこれをやっていく」といえる誓いと勇気を持ってください。」
準備しておきましょう
ニュージャージー州BrigetonのChristopher Neyは、建設業務に携わっていましたが、仕事をしているとき、ある日思いつきました。
Ney:「私はその時、31歳で、ベッカー型筋ジストロフィーのために仕事をすることに肉体的な苦労を感じ始めていました。こうやってあとどれくらい働いていられるだろうと感じて、見上げたところ私の地元の大学を見たのです。いつかあそこに行こうと思いました。」
5年後、Neyは3つの仕事をしながらCumberland County大学に入学しました。彼の地元の職業リハビリテーションオフィスは「とても大きな情報源」で、キャリアの適合やどんな補助的な技術(機械)が必要かを提供してくれました。
そのほか励みになったのは彼の母親で、Neyに「いつも子供といてうまくいってるじゃない、先生になってはどう?」と言いました。ある日、仕事から帰ってきて、大学に入ったといったとき、彼の妻は驚きませんでした。「妻や友達は、私がひとつのスピードしか持っていなくて、それがフルスピードだといいます。」
Neyは、2年間で短大卒の準学士号をGPA 3.89(訳者注:GPAは成績を表すスコアです。4が最高なので、かなりの高得点です)で取得し、この秋から、近くのRowan大学で残り2年半の教職の学士をとります。その間、月5日ほどの代講をして働きます。
Ney:「この【教えるということ】が私のすべきことです。とても楽しい場所なんです。」
Neyは追加で1学期多く大学に出席して、特殊教育に必要な資格をとる予定です。
Neyは追加で1学期多く大学に出席して、特殊教育に必要な資格をとる予定です。
Ney:「私は障害によって、生きることを止めたくない。私は生きたい!自分が進もうという欲求を誰かが取り去ることはできません。教えることはたくさんのエネルギーが必要だと私は知っています。もし大変になったら、ほかの何かをしようと考えています。私は次の学士として、カウンセリングの学士をとりたいと思っています。今は歩けるけれど、どんな未来があるかわからないので、準備しておきたいです」
変わるという意思
Ney同様、メリーランド州SkyesvilleのBonnie Besseckは、まだ歩くことができた30代で、キャリア分析のために地元の職業リハビリテーションオフィスとコンタクトをとりました。
Besseck:「私は歯根の虫歯を専門とする口腔手術の歯科助手でした。5年たって、CMT(シャルコー・マリー・トゥース病)が手に影響し始めました。仕事が好きな一方、患者の歯根の手術中に手がけいれんするようになってはいけないと思い始めました。怖かったけれど、変わらなければいけないと思い始めました。
職業リハビリテーションキャリアセンターは、Besseckに、栄養学の勉強を薦め、4年間、パートタイムで学校に行き、今は、食事管理のプロになるため、Baltimore City Community大学の最後の学期に出ています。
Besseck:「私は栄養学の医療的な側面が好きで、ほかの人に栄養について教えるのが好きです。私の最終的な目標は、さらに2年間大学に行って、公認の栄養学士となることです。」
今44歳で、Besseckは変わり続けたいといっています。
Besseck:「人生は降りかかってきます。ある日動きすぎると、次の日は休まなければいけないので、自分のペースをコントロールすることを覚えなければいけません。しかし、CMTやキャリア変更よりも悪いことはたくさんあります。鍵となるのは、自分のペースを作って、楽しめることをすることです。」
焦点を定めましょう
同じく44歳で、歩くことができてCMT(シャルコー・マリー・トゥース病)なのはアイオワ州Mason CityのMichael Groesbeckです。自分の仕事の小売業とレストランでの仕事は立つことがとても多いと気付き、「もっと頭を使って、筋肉を使わない」新しいことを探し始めました。
この15年、本当に好きだったのは写真でした。写真の受賞と、地元のキャリアセンター、障害を持った企業家たちに勇気づけられ、Groesbeckは、Des MoinesのGrandview大学にフルタイムで入学する前に、ビジネスとコミュニケーションの準学士をとりました。彼はGrandview大学で、3年間かけてコミュニケーションの学士をとりました。
Groesbeckはキャリアを変えたかもしれないが、ペースを全く落とさなかったです。Grandviewにいる間に、大学の視聴覚部門と写真ギャラリーでパートタイムで働きました。プロの写真家・グラフィックデザイナーとして、Groesbeckは時々North Iowa Area大学でデジタル技術を教え続けていて、Iowa Arts Councilで講義をしています。
彼の写真が、アイオワ州の1996年の150周年の祝祭で展示されたのは驚きではないけれど、驚くべきは、186枚ものポスターに、Groesbeckはサインすることを求められたのです。Groesbeckは、「これは写真を撮るよりもずっと大変だった」といっています。彼の写真とグラフィック・サービスは自身のホームページで売られています。
Groesbeckの次の目標は、Microsoftのいろいろなプログラムでの資格をとって、ソフトウェアについて副業で教えることです。
Groesbeck:「技術は常に変化していて、ゲームから退きたくないです。焦点を定めてギブアップしなければ、夢はいつも届くところにあります。」
筆者:Jan Blaustone
消防士のときに肢帯型筋ジストロフィーの診断を受けました。彼女はその後、歩けるころに広告業で働き、本を2冊書きました。今は電動車いすユーザーで、何年も代理教員として教えてきて、家でフリーランスで書き物を続けています。
訳:西岡 奈緒子
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原文は下記ページでご覧いただけます。
アメリカ筋ジストロフィー協会の許可をいただいて翻訳・記事を掲載しています。
Used with permission of the Muscular Dystrophy Association of the United States.
Excerpted from an article in MDA's Quest magazine.
