鮮魚店「魚寅」その街には、独特の匂いがある。 錦糸町——。雑多な欲望が交差するその路地を歩きながら、私はふと思い立ち、あの暖簾(のれん)をくぐった。鮮魚店「魚寅」だ。 目的は、ガラスケースの向こうに並ぶ、無骨に切り分けられたマグロのブツ。 かつて何度も味わったその味を、久しぶりに手に入れたくなったのだ。 翌朝、食卓に並んだそれは、記憶の中の姿と寸分違わなかった。 醤油を軽く馴染ませ、口へと運ぶ。 噛み締めた瞬間、濃厚な旨味が舌の上に広がっていった。やはり、ここのマグロは裏切らない。 日常の朝食という静謐(せいひつ)な時間の中で、私はその圧倒的な本物の味に、静かに圧倒されていた。