ダナンからのフライトを終え、関西国際空港に降り立った。
つい数時間前まで、南国の湿った空気の中にいたとは思えない。肌に触れる風はどこか乾いていて、現実に引き戻される感覚があった。
だが、そのまま帰る気にはなれなかった。
なぜか、もう少しだけ“あの余韻”を引きずっていたかった。
向かったのは、扇町公園。
市内に入り、ふと立ち寄ったその場所は、まさに満開のタイミングだった。
視界いっぱいに広がる桜。
淡いピンクの層が空を覆い、風が吹くたびに花びらが舞う。
「間に合ったな……」
思わずそう呟く。
計算していたわけではない。ただ、偶然にしては出来すぎている気もする。
ベンチに腰を下ろし、バッグから取り出したのは、ダナンで買ったバインミー。
長い移動を経てもなお、その香りはしっかりと残っていた。
一口かじる。
――うまい。
あの街の記憶が、一気に蘇る。
市場の喧騒、湿った空気、そしてどこか張り詰めたような感覚。
なぜ、この味がここまで鮮明に残るのか。
ただのパンのはずなのに、妙に“記憶に引っかかる”。
ふと、違和感に気づく。
周囲の花見客の中に、こちらを見ている人物がいる。
気のせいかもしれない。だが、その視線はどこか――ダナンで感じたものと似ていた。
偶然か、それとも。
舞い散る桜の中で、私はもう一度バインミーを口に運ぶ。
その味が、何かの“合図”でないことを願いながら。

