ベトナム最後の夜。
特別なレストランを選ぶこともできたはずなのに、結局足はまた、あの見慣れたローカルの店へと向かっていた。
決して華やかではない。
プラスチックの椅子に、少し傾いたテーブル。けれど、そこには不思議な安心感があった。
運ばれてきた料理は、どれも驚くほど素朴で、そして完成されている。
一口食べるたびに、この国の空気や人の温度が、静かに身体に染み込んでくるようだった。
「安くて、美味しい」
そんな単純な言葉では片付けられない何かが、確かにここにはある。
旅の終わりに近づいているという事実だけが、ほんの少しだけ、味を複雑にしていた。
気づけば皿は空になり、賑やかな店内のざわめきも、どこか遠くに感じられる。
この時間も、もうすぐ過去になる。
最後の一口を飲み込んだとき、ふと思った。
またここに戻ってくる理由は、きっともう十分すぎるほど揃っている、と。


