せん妄再考~その1 | 老年科医の独り言

老年科医の独り言

認知症治療にかかわって30年目になります。
今回心機一転、題名を変更して、ぼつぼつ書いていきたいと思います。

座間先生の「誤診だらけの認知症」に、「せん妄と認知症は別・せん妄による幻覚をレビーと誤って診断してはいけない」とある。

これは、確かに間違っていけない事であるが、すべてレビーではないと言えない事実がある事を、理解しておいて欲しい。

 

せん妄の場合、通常の意識レベル(意識の混濁)に、判断の誤りが加わった特殊な意識障害である。医学的には、せん妄で起きた症状は、認知症と考えてはいけない事になっている。

だからと言って、せん妄だからレビー小体型認知症ではないと言えないことを、しおっておく必要がある。

 

レビーのせん妄の発生であるが、脳幹部の虚血によるネットワーク機能の障害により起こっていると考えている。

どこが障害されるかと言うと、

一つは、脳幹部にある「脳幹網様体~大脳賦活系」の障害により、通常の意識レベルの低下が起こる。これには、中脳にあるマイネルト核のアセチルコリン系の機能障害の関与が大きい。

もう一つは、中脳~皮質系のドパミン作動性の繊維群の障害によ、前頭葉の機能障害が起こり「判断・思考の障害」が加わってくる。

山梨で仕事をしていた時は、大きな温度差や低気圧の通過、で自律神経が大きく揺さぶられ、脳の血流障害を引き起こしていると考えられる発作を多数みている。

15度前後の温度差があった日に訪問すると、レビー?と思われる方が10人いれば2~数人せん妄を起こしている。この時下肢の麻痺が残存していることが多い。

私が、せん妄が脳幹部の血流障害で起きることを確認したのは、前にも書いたが、左腕に障害がある方が、譫妄+交叉性麻痺(右片麻痺と左顔面神経麻痺)を起こしたケースである。

交叉性麻痺は、脳幹部にある橋のごく限られた領域の障害で生じる麻痺である。

脳血管障害による麻痺と意識障害と言う事で、シチコリンの注射が考えられたのであろう。

私は、この治療法を医師である父に教えてもらった。せん妄の時、患者は暴れて抵抗するためシチコリンをゆっくり点滴で投与できなかったため、静脈注射で短時間で注入するようになった。

シチコリンで脳幹部の血流を良くして、アセチルコリン系・ドパミン系の働きを改善することで、せん妄を治すことが出来ると言うわけである、。

最初は500mgの静注で行っていた。この時は、前頭葉の改善効果が不十分で大脳辺縁系の興奮による陽性症状が残存する事があった。このため必要に応じてセレネースを1/2A程度筋注を追加することは、良くあった。

この治療で、せん妄は一晩で回復するケースがほとんどであった。

 

自分で訪問診療を行うようになって、この脳幹部の虚血によるせん妄発作は、非常に多数みている。認知症の治療で、治療可能な症状は譫妄だけと考えていた。

あるケースでシチコリンを1000mgへ増量した時、譫妄の回復が非常に速い事に気が付いた。以後シチコリン1000mg投与にしているが、セレネースを必要としたケースは、非常に稀になった。せん妄と下肢の麻痺は、シチコリン注射で速やかに回復した。シチコリン1000mgを始めたケースは、亡くなるまでの2年近くの間に、3~数日に1回せん妄発作を起こした。

脳幹部の梗塞で生命も危険と思われるような発作もあった。その都度シチコリン1000mgを投与すると、意識レベルの回復だけでなく下肢の麻痺も回復した。意識が戻ってくると、「おしっこ」と言ってトイレに行く姿が今でも思い浮かぶ。

このケースは、臨床的にはLPCと考えられた。

せん妄が脳幹部の虚血で起こることを、教えてくれたケースもLPCであった。

 

レビーの場合、脳内のアセチルコリンとドパミンが減少しやすいのが、特徴である。

このため、せん妄を起こしやすいのである。せん妄を繰り返し起こすケースでは、レビーを考えるべきである。

せん妄で判断力が低下してくると、幻視に素直に反応してしまうと私は考えている。多くの方は、幻視の存在を他人に知られないように最大限の努力をされているようである。意識障害で、このような意識が乏しくなるため幻視の存在を隠せなくなると考えられる。

 

せん妄で一過性に幻視などの症状が診られても。レビーと即断してはいけない。ただせん妄を起こすと言う事は、それだけで、レビーを考えないといけない症状であることは、理解しておくべきであろう。