今日(9/11)、朝日新聞をお店で読んでいたら、さらっと、当然のように「指は男性器の象徴」のようなことが書いてあって、そんなのは俗説でしょうと思っていた私は、びっくりした。

一応、新聞なのだから、それなりの根拠のある話なのでしょう。

書いたのは動物行動学エッセイストという変わった肩書きの竹内久美子氏。


知らなかったので少し調べてみた。

トンデモ本に近いような内容の書籍もあるみたいなので、真偽は...

ポイントは人差し指と薬指の長さの差だそうです。


女性はでも、指をそんなに意識するものでしょうか。

「永遠の朝の暗闇」 岩井 志摩子

はじめて読んだ作家。
第一部、朝、第二部、暗闇は読んだけれど、第三部、永遠はあまりピンとこないので、途中で断念してしまいました。

印象に残った言葉...
「正直というものは、何と傷つけられるものなのか」
「あんたはいずれ花開くよ。あんた、とことん自分を好きだもの。加奈子とかって、きっと自分を好きじゃなかったんだね。だからとりあえず自分を評価して求めてくれる男に、丸ごと自分を明け渡したかったんだ。」
「人のせいにしない。でもそれは私が強いからでも立派だからでもない。自分のせいにした方が楽だからよ。人に同情されるくらいなら、罵られる方が、ずっとましなの。」

世間からの目をずっと気にしながら生きるという息苦しさ、想像できます。
世間というのは、遠目には一定の基準があるようで、実際に近づいていくと、ばらばら。
ある人はこういうけれど、ほかの人はまた別な見方をする。 最終的には大多数に収れんしていくのだろうけど、その過程でこっちは疲れてしまい、そして相手の一言ひとことにひどく敏感になってしまう。
そういうこと、ありませんか?

自分でこうしたいというものがないと、相手に翻弄される場面が増えてしまう。
相手の気持ちに応えるなかに自分の価値を求めてしまうとそれがもっと強くでてしまう。



旅に出て、自分が何をしたかったのか気づく彼女。
逆に、何といろんなしがらみや、自分自身のこだわりが、自分を縛っていたことかわかる。

普段の生活がいかに人が生きることの本質以外のことに囲まれているかということを感じさせる。
ねばならない、というものがなくなることで、素直な自分の気持ちを差し出すことができる。
素直な気持ちはまた、相手の素直な反応となって帰ってくる。

香奈子は、自分の気持ちを信じ、進んでいるけれど、必ずしも素の自分を出せている場所にはなっていない。
シイナは苦しみ、その結果、素な自分が出せる場所に落ち着くことになった。
自分のなかの何もかも出せる場所ということのほうが大事なんだろう。


気持ちをリセットしたい。

ジョニー・ディップとレオナルドディカプリオ


亡くなった父親につなぎとめられてしまった母親。 その母親につなぎとめられてしまった子供たち。

その鎖の間を、泳ぎまわる、しょうがいのあるアーニー。


この状態をずっと続けてきて、みんな疲れている。

その象徴が、土台が腐り、床が抜けてしまいそうな家。


ギルバートが「遠くから眺めると、家はこんなに小さいんだ」とつぶやく場面があった。

家族は自分にとっては大きな存在なのに、客観的に見ると、こんな程度のものなのか、というようなこの言葉。

家族というと、近い関係であるためにかえってお互い、わがままになってしまうけれど、この家族はその気持ちをそれぞれのなかにしまいこみ、過ごしている。


やさしいギルバート。


うまく、たまってあふれてしまいそうな気持ちを、抜いてくれるのが、アーニー。

みんなあきれるけれど、彼が貯水タンクに登ったり、木に登ってふざけたりするごとに、しょうがないわね、守らなきゃ、という気持ちになる。


母親も、昔はきれいだったけれど太ってしまい、世間から見るとおかしく映るのに、それでも子供たちにとってはいつまでも威厳のある存在。

絶対に変わらないと思ってたもの自体=お母さん自身 が変わらなきゃと思った途端に、崩れ、変化がはじまってしまう。
家もなくなり、みんな離れていく。


ギルバートと関係のあった奥さんのだんなさんが亡くなったあと、町を離れていく。

なぎとめていたものがなくなったから。


ギルバートの家は、その意味ではとっても大きなものだったので、焼かなくてはならなかった。


そして逆に象徴的ななのは、トレーラーハウスという、どこにでもいけてしまう家に住むベッキー。

アーニーが列をなして通り過ぎるトレーラーハウスを引いた車の一団にはしゃぐ。

そしてその自由な香りのなかから素敵な彼女が出てくる。


最後はその彼女と一緒に馴染んだ場所を離れていくことになる。 すごく心配なのかもしれないけれど、

それでもちゃんと生きていける。


きっと離れても、苦しさを共有し、支え合ってきた家族...思いやりは忘れない...素敵だ。
今日、今後のやりくりのことについて話をしました。
これまでは、生活のやりくりについて理解をしている風だったけれど、結局、頭ではわかっていても、本当には受け入れられないということがよくわかった。

私のほうだって、今の生活状態のことなんてあまり言いたくはないのに、その気持ちは察してもらえなかった。
そして我慢することに対してボソッと文句を言っているのが聞こえてしまう...

やはり気持ちを共有するなんて、夢だな。
気持ちは壊れたままだ。

今日も暑くなりそう。


そして休みの最終日...寂しい。


やっぱり、一緒に生活しているのだから、気持ちが通い合う人といたかった。


あきらめて10年。