ドアをノックする音が異質だった。
夫の秀川とは違うし、そもそも今日は来るはずの日でもない。
看護士さんは必ず私の名を呼び、私が返事をしてから入って来る。
寝ていて気付かなければ別だろうけれど。
しかし、今聞こえた音はそのどれとも違う、もっと控えめで弱々しいものだった。
得体が知れないのに不思議と恐ろしくはない。
つい、"どうぞ"と応えてしまった。
私の頭にはまだ見ぬ大人になった娘の顔がよぎっていたのかもしれない。
ノック同様、ドアも静かにゆっくりとスライドした。
入ってきたのは、なんとなく想像した通りの若い女性。
しかし、娘ではない、と直感もした。
「失礼いたします。少しお邪魔してもよろしいですか?」
「ええ。ちょうど話し相手が欲しかったところよ。あなたはどなた?」
「はい。私は橋本といいます。娘さん、結香さんの友人です。」
「結香の…。あの子は、…元気にしていますか?」
「ええ。いつも元気で、ちょっと変わっているけれど、私の大事な友人です。」
「そうですか。ありがとう。橋本さん、下のお名前は?」
「真白です。」
「真白、素敵なお名前。名の通り、白く透き通ったようなお肌ね。」
「ありがとうございます。先にお伝えしておきたいのですが、結香さんはここのことを知りません。私が勝手にお母様がご存命なのではないかと思い、探してしまいました。」
「どうしてそう思ったの?」
「手紙です。」
「ああ…。」
「結香への手紙はお母様が出されたものですね?」
「ええ。でもどうして死んだはずの私が生きていると気付いたのかしら。」
「ちょっとそれは話すと長くなるのですが、うーん、もしかしたらただの勘かもしれません。それか、私の希望。」
「ふふ。面白い。あなた素敵ね。」
「今もご主人が定期的に来られているのですね?」
「はい。そうよ。」
「ご主人と色々な話をされている。」
「ええ、週に一度と決めて来てくれるのだけれど、一週間何があったか全部わかるぐらい。とは言っても、あの人ずーっとお寺にいるからそんなに変わり映えのしない話なんですよ。」
「娘さんの、結香のことも?」
「もちろん。会いたくなってしまってツライこともあるけれど、私の心の拠り所なんです、あの子が。」
「お母様、今日はお母様に協力していただけないかと思い、お願いをしに参りました。まだ結香も、そしてご主人も、呪いの枝に捉われた人生を送っています。」