辛い共感 | マサルのブログ(記)

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基本的にはそこそこ長い文字列が必要だったり画像が必要だったり140文字程じゃぁ中々難しい話ですぜ旦那って場合ここに書こうと思ってるんだが、

マサル(記)です。


共感もほどほどにしたいとこ。


朝の電車の乗り換えのとき、少し時間があるのでトイレにいく。

元々トイレが近いほうなのでタイミングがあれば済ませるほうだ。


当然ながらというか、朝の通勤時間は人が多い。

人が多いということはトイレを使う人も多い。

トイレを使う人が多いということは、短時間の小も多いが長時間の大も多い。


ということは、待つ人も多いということだ。


僕が乗り換えるところは本来そんなに乗換えが多くないとこなんだけど、それでも結構個室待ちの人が多い。

男子は勿論女子のほうもトイレの入り口にまで待ち行列ができてるくらい。


で、だ。


なんというか、我慢してる人を見るのはつらい。

こっちは別に便意があるわけでもないのに、我慢をしてる人を見てるとなんだかおなかが痛くなる。


生物の多くは共感という能力がある。


例えば、

楽しんでる人がいれば楽しくなり、

悲しんでる人がいれば悲しくなり、

怒ってる人がいれば怒りが湧き、

痛がってる人がいるとこっちも痛くなる。


これは人間同士だけじゃなくて、異種間の生物同士、例えば犬や猫とかペットが悲しむ飼い主を慰めようとするのもこのせいだ。


んで、


便意に耐える人がいると、だ。


・・・。


いや、そこんとこは共感したくない。

辛いのは痛いほど分かる。

お腹痛いのは痛いほど分かるのだ。