マサル(記)です。
時間がかかっている。
えっと、今日は小説の話だ。
すべてがFになるのドラマを見てて、久々に原作が読みたくなってきた。
先日実家に帰った際に本棚をまさぐって発見。
家に持って帰ってきた。
で、かばんに放り込んでおいて会社の帰りに読んでるんだけど。
あれ?
なんか違和感を感じる。
そして、なんか読みづらい。
僕は原作者の森博嗣のファンで、昔ほど読書はしないけど今でも新作(ミステリだけにしてるが)は読んでる。
故に、森氏の作風というか書き方には慣れてるはずなんだけど。
それがどうも読みづらい。
今ほど洗練されてないから、といえばその通りかもしれないけど。
うーん、そこんとこは差っぴいても読みづらい。
つーか、すべてがFになるを読み返す前に今年の6月くらいに出たムカシ×ムカシを読んでるんだけど、そのときはそんな違和感はなかったし。
なんだろう、うーん。
と、
少し読んでから気づいた。
二段組と段落か。
すべてがFになるは講談社ノベルスで発売されたミステリ。
ノベルスはいわゆる新書版ってサイズで文庫より大きいし、ちょっと縦長。
故に、多くのノベルスでは1ページに対して二段で印刷されている。
二段組ということは文も長さが短くなる。
故に段落もそれほど頻発せず、文の塊がゴロゴロとした感じになってページにみっしりと詰め込まれたカンジになるのだ。
そう、隙間がないのだ。
で、今の森氏の小説は1段組。
加えて、ページの下部にはスペースを設けてあるのでページ全体に隙間が増えて、圧迫感がない。
さらに、会話が多くあるのでリズム感があって、トントントンと軽快に読み進められるのだ。
あー、なるほどね。
いつからこの形式になったかはちょっと記憶にはないんだけど、確かにある時期くらいから編集の人と相談して今の形式に変えていったのは覚えてる。
ということで、多少ひいひい言いながら読んでるけど、読み進めながらところどころ思い出したり、時代を感じたりして面白いです。
ドラマを見たきっかけで読んでみるのもいいですよ。