マサル(記)です。
僕の住んでる町は比較的新しい町だ。[1]
統廃合という点では比較的新しい、という意味で開発されて出来た町という意味ではない。
つーか町自体の歴史は古いは古い。
町というか村というか郷という単位で古い。
地元は関東S県の平たいトコなんだけど、南北朝あたりには存在してたし、そもそも土器もごろごろ出るトコなので人が住んでから、という歴史でいえばえらい古い。
そんな、まぁ古いような新しいような地元ですが、廃村がある。
正確には廃「地区」なんだけど。
それにその地区はうちの町でなく、隣の町の地区だ。
なぜ、廃村化したのか。
先にも述べたように、関東S県の平たいとこで山のほうじゃない。
限界集落だからとか、過疎とかそーいう問題ではなさそう。[2]
じゃあなぜか。
えっと、まずなんだけど、そもそもがその地区、飛地だ。
しかも、川向いにある隣町からうちの町のほうにあるっていう飛地。
飛地とは
1 ある行政区画に属しながら、主地域から離れて他の区域内にある土地。
2 江戸時代、大名の城付きの領地に対して遠隔地に分散している領地。飛び知。
うむ。
正直、どーいう理由で飛地になったのかよう分からんのだけど、どうも川自体が隣町だったらしい。
まぁ、その後の編入とか色々あったから川向いの町の飛地だったみたい。
それともう一つ、その川沿いの地区だっていうのと、堤外だということ。
ようは土手の内側。
でも、件の川は幅が大きくって土手もでかい。
河川敷も広い。
川から流れ着く肥沃な土地は川の水もあって田んぼにうってつけなのだ。
故に昔は川の両岸はずっと田んぼの農村だったわけなんだけどね。
この川、昔っから暴れ川なのだ。
地元の町の歴史を調べると、今の土手が出来るまで河川の氾濫が頻発してたらしい。[3]
それがあって昔からうちの地元は治水っていうのが歴史のポイントになるのだ。
まぁ、それはそれとして。
今の大きな土手が出来てから、川の氾濫ってのは起きなくなったんだけどね。
先のとおり、件の地区は堤外、つまり土手の手前。
土手の恩恵は受けられない。
幾度の氾濫によって徐々に人は減って、河川敷まわりはグラウンドやゴルフ場になっていった。
それでもずっと地区には人が残って農業を続けてた。
平成になっても、だ。
そう、平成に入ってから全戸移転。
平成になってから大洪水があったんだ。
床上浸水になるほどの氾濫。
それからはその地区に住居を持ってる人はいない。[4]
と、今日はそこをちょっと見に行こうと思っていたのだ。
全戸移転からはまだ10年も経ってないから多少は建物も残ってると思うだろうけど、全然残ってなくて、残っているのは公民館だった建物とそのウラのお堂だけ。
多分家だったとこには農機具を置く小屋があったり、基礎のコンクリがあって人が住んでたんだろうなぁってのがやや分かる程度。
公民館前の道脇には大きな庚申塔がぽつんとあって、それだけが歴史を物語っている。[5]
うーん、平成の世の中、自然災害で人がなくなった地区がこんな近くにあるんだなぁと、元公民館の建物に近づいてみた。
と、
ここまで書いておいてアレだが、一つ訂正。
公民館、人住んでる。
というか、勝手に住んでる。
公民館前の空き地に鍋やらペットボトルやらが散乱してて、しかもそれが新しい。
鍋とかボールとかがステンレスでぴっかぴかだったし、2Lの水も新しいめ。
どうも、家がない人が公民館を使ってるみたいです。
いやはや。
火事とか起こさないで欲しいなぁ。
[1] 「町」と書くのは街ではないから。かと言って市町村の町でもないけど。
[2] まぁ、隣町だからそこまで知らんけど。
[3] 故に江戸時代のおらが村の殿様が堤を作ったりしたらしい。それでも氾濫したわけだ。
[4] でも、まだ田畑はあって農家の人たちが働いてる。電気も通ってる。
[5] 庚申塔は単なる庚申の記念ってだけじゃなくて、道しるべになってるんだよ。故に古道脇にある。