「その…」
僕は彼女の問いに、

すぐには答えられませんでした。
ただ、もう嘘ついていても仕方がなくて、
「裸っていうか、素肌を描いてみたいというのはあった」
とうとう、そう言ってしまいました。
ルナちゃんはじっと僕を見たままです。
僕は続けて、
「その…、なんていうか、
服着てると、なんか服描いてるみたいで、」
「ふふっ」
ルナちゃんは小さく笑いました。
そして、
「ごめんね、なんかその言い方おかしくって、
でも、でもそうだよね、服描いてるって、
そんな感じなのかもね」
彼女がそういうのを聞いていて、
ふと、ルナちゃんは、
今日描かれるための服を選択してきたのか
と考えていました。
彼女の格好はけしてドレスアップされたそれじゃなかったですし、
僕も何か希望を言ったわけでもなかったんです。
「だから、なんかごめんって言うしかなくて、」
彼女は僕の小さな声を聞き取ろうとするかのように
少しだけ体を近づけてきます。
ほのかな香水のような香りが意識されます。
「でも、ねえ、私だったら…、
やっぱり頼みやすいって思ったの?」
僕はふうっと息をついて、
「だからそれは、さっきも言ったけど、
全然、気にしてたわけじゃないんだよ」
仙台での彼女の過去のことを言っているので、
「だってそん時だって、それは仕事であって、
やりたくてやったわけじゃないんでしょ、」
「うん…、ならいいよ」
彼女は僕の必死な弁明に、静かな口調でそう答えて、
「それで、ねえ、その小説ね、最後はどうなるの?」
と話題を変えました。
僕は、
「知っても平気?本当は、出来たら読んでもらった方が」
「ううん、だってモデルやるんだから、私、知る権利あるでしょう」
そうなんだろうか、
僕にはその理屈、よく分かりませんでしたが、
「まあ、なんか劇的なお話ってわけじゃないんだ、
ただ主人公の画家、尾ヶ井さんって名前ね」
「尾ヶ井さん?」
僕はこくりと頷いて、
「彼はずっと女性を描いてきたわけ、主にパステルでね、
それである程度の名声を得るんだけど、なんか飽きちゃうんだよね、
想像したのは、若いうちに成功したら、
真摯に芸術に向き合う人間だったら、どんなこと感じるかってことなんだけどね、」
体育すわりしたルナちゃんの表情は、真剣でした。
僕は彼女が理解していることに安心して、
「だんだんと普通のモデルじゃ飽きちゃうんだ、
それって、小説の中では、
尾ヶ井さんの人間的成長とともに、
だんだんと人間の内面が見えてきちゃうっていう設定なんだけど、
そうすると、今まで自分がただうわべっていうか、ただ見えるものを描いていたことに気づく、
そこが序盤ね、」
「それでモデルさんの服を脱がすの?」
「ふふっ」
僕は彼女のに質問に軽く笑って、
「そうじゃないよ、彼はヌードも被服もどっちでも描いてたってことにしてる。
だけど、今まで自分があまり会ったことのない女性、春香に出会うんだ、
天真爛漫っていうか、芸術性とは無縁なとこにいる、普通の女の子、」

僕はこの時までに構想していた『美臭』について、
彼女に語ります。

尾ヶ井さんは、春香がモデルになることを承諾してくれると、
いきなり脱いでくれるように頼みます。
ところが春香はすげなくそれを断りました。
それから、
主人公の尾ヶ井は昔の恋人に再会したり、
ある大手の出版社から、自分の畑違いだと思っていた
風景画の依頼などを受けることになります。

「そうやって主人公はこれからどうやっていこうか、
悶々と悩みながら過ごすんだけど、
その真意が、なぜか春香の心の奥底にあると錯覚する、」
「それって恋?」
ルナちゃんのクリッとした大きな目が、
まるで僕の口からの言葉に情景が見えているかのように
2人の間の空間をじっと見ていました。
「そうかも恋っぽいからね。
そこからが、ちょっとエッチっていうか、変態っぽいかも知れないんだけど、
心が近づいていくとともに、
まだ見ぬ春香の肉体の、つまり素肌への興味へと惹かれていっちゃうんだ」
「それで、春香さんは脱いじゃうの?」
僕はどっちともとれるような、
曖昧な返事をして、
「うん…、最後はね、初春の、彼のアトリエが舞台で、
そこに早咲きの桜が咲いてるんだ、夜ね、
そこで、春香と向き合って…、」
ここまで口にして、僕は口を閉ざしました。
この先、はっきりと決めていなかったからです。
しばらくして、ルナちゃんは、
「おもしろそうだね、なんか…」
僕は彼女に微笑を返して、
「出来上がったら、読んでほしいな」
「うん、絶対読みたい…」
ルナちゃんは答えると、
一瞬下を見て、また僕を見上げると、
「やっぱり、私も脱いだ方がいい?」
「いやいや」
僕は慌てて両手を振ると、
「そういうんじゃないんだ、ほんとごめん」
「でも、お話だって、そういうのだから、」
「だからいいって、ごめん」
「でも今日ね、私そういうつもりじゃなかったから、
おしゃれな下着とかじゃないし」
それは、冗談で言っているのか、
彼女の表情からは検討もつかなくて、
僕はただ笑って、
「ごめんごめん、ほんとそんな気じゃない、
ほんとごめん」
「でも、見たいとか思う?」
僕は答えに窮しました。
開け放った窓からの風はほとんどなく、
部屋は少し暑いくらいでした。
額にすうっと汗が落ちていきます。
僕はそれを手の甲で拭うと、
「それは、思うよ」
この言葉が狭い部屋に響いた瞬間、
2人の関係に
何か今まで味わったことのない空気が流れてきました。
僕は、
「だけどそれは、今じゃないから」
「今じゃないの?」
「うん」
僕は強く頷いて、
「もう、ほんとは、色々わかってて」
本当は君を愛しているかもしれないし、
だからその心を探るようにして、
君の内面を見たいと感じてしまっている、
そう思っていました。
「なにそれ、よくわかんない、」
「俺もよくわかんないから」

あと少しで恋愛の、
最初のきっかけのような言葉が、
どちらかの口から出かけていました。

しかし、それは今じゃない、僕はそんな気がしていたんです。

ルナちゃんはさらに身を乗り出してきていて、
あぐらをかいて座る僕の膝に手が触れそうです。
「わたしね、簡単に男の人の部屋に来る女じゃないよ」
「うん」
「わたしね、」

その時でした。
玄関の扉が勢いよく開く音がしました。
心臓が飛び出るほど驚いた僕は、
そのまますくっと立ち上がります。
「ただいま、」
背の高い人影、
サトちゃんがバイクのメットを持って立っていました。
彼の乗っているバイクは乾式クラッチで、
ハンドルを握っているときに、
カラカラと独特の音を立てます。
だからサトちゃんが帰宅すると、
外でその音がして、すぐに気づくのです。
ところがこの時は、
話に集中しすぎて、
僕は何も気づくことができませんでした。
「あー、やっぱりなあ、部屋綺麗にしてたから、」
サトちゃんが部屋に入ってきました。
ルナちゃんも立ち上がります。
僕はなぜかどぎまぎしながら、
彼女を紹介しました。

同居人の彼とルナちゃんは

この時が初対面でした。
「今日遅番最後までやんなくてよかったんだ、
シフトみて気づいた、
なんかお邪魔だったでしょ、ごめんね」
サトちゃんはそう言うのですが、
特に邪魔だったって感じでもなく、
「ご飯食べた?」
僕が、
「いやまだだけど」
「みんなで食べいく?」
「…」
僕が無言でいると、
サトちゃんは、
「環状線の交差点とこに、新しい中華できたでしょ、
あそこかなり美味いよ」
ルナちゃんは両手を前で握ると、
「わ~、行きたいな」
さっきまでの神妙な感じはもうどこにもなくて、
はしゃいで見せていました。

プロジェクト265日目。

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<span style="color:#ff0000;"><strong>2019/3/31 265日目【残り236日】</strong></span>
■kindle 本日0冊 累計71冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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