ある晩のことです。
いつものように夜勤で、
通行止めのために立っていました。

道の先にバイクが停まるのがわかって、
大柄な男が2人、こちらに向かってきます。

僕は暗記メモを見るのをやめて、じっと目を凝らします。
男たちは、なにかひそひそ笑いながら、こっちにどんどん近づいてきます。
相当に上背のある男たちです。

笑い声が大きくなってきます。
「いた~!」
サトちゃんの声でした。
順平もにやにやして、
「水道塔の近くって行ってたからさ、遊びきたよ」
この日の現場は、家からそれほど遠くない場所でした。
「遊びじゃないんだよねこれ」
僕が答えると、サトちゃんは、赤く点滅する誘導灯をさして、
「貸して、これ」
そう言って誘導灯を奪い、びゅんびゅん音鳴らして振って、
「すごいねこれ、きれいじゃん」
「あんまやんなよ、壊れるから」
僕は苦笑しながら、サトちゃんから棒を奪い取ります。
「さしいれね、」
順平がリュックから取り出したのは、1リットルペットボトルのアイスコーヒーです。
「ありがたいんだけど…、だめなんだよなあ、あんまり飲めない」
僕が言うと、順平は、
「なんで?ノド乾くじゃん」
「いやそうなんだけどさ、あんまトイレ行けないじゃん」
そうなのです。
警備員をやっていて一番困るのは用足しです。
手近にコンビニか、公園の公衆トイレでもあればいいんですが、
いつもそう上手くは行きません。
しかたなく、僕が身につけていった習慣は、
とにかくあんまり水分を取らないことです。

「でもま、もらうわ、サンキュ」
僕はボトルを受け取ると、
さっそくキャップをあけて、そのまま飲みました。
「でもさ、真菜ちゃん大丈夫なの~、
いくら受験すっからってさ、
こんな夜勤してたら全然会えないんじゃないの」
順平は僕が飲んだボトルを受け取りながら言います。
「週1回は会えてるし、それに結構メール来るからさ」
「ふーん、で、ここに朝まで突っ立ってんだ」
順平が周囲を見渡します。
すでに日は暮れて、あたりは暗く、
街灯の明かりがぽつんぽつんとあるばかりです。
「そだよ、」
僕が答えると、
「車なんて来んのかね?」
サトちゃんが口にします。
僕は口元を手の甲で拭きながら、
「まあ、ここはほとんどないね、工事車両も別の入り口から出入りしてるからね」
「これ退屈だなあ、やばいね…」
と、サトちゃん。
「だからちょうどいいんだけどね」
僕はそう口にして、
縁石に座り込んで煙草を吸い始めていた2人を見下ろして、
「孤独が想像を育てるってわけなんだよね、マルキ・ド・サドって知ってる?」
「知らね」
順平は煙を吐き出しながら。
「あ、サドとかマゾとか」
サトちゃんが言うので、
「そう。あの人がさ、『ヴァニラとマニラ』っていう有名な手紙の中で、
牢屋は身体にはよくないが、孤独は空想力に力を与えるって言ってる」
「牢屋?」と順平。少し興味が沸いたようです。
僕は続けて、
「サドは若い頃かなり変態的なことばっかして、
牢屋に入れられちゃうんだけど、
彼が小説を書いたのは全部獄中なんだよね、」
「まあ、一人ぼっちなら考えるしかねえよな」
順平は立ち上がると、
工事と反対側、道の先の暗がりを見ながら言いました。

読者のみなさんは、
マルキ・ド・サド(Marquis de Sade)をご存知でしょうか?
僕はこの頃、ユゴーやサドなど、フランス革命期の仏文学にかなり拘泥していました。
サドは、貴族であり小説家です。
彼の作風は、暴力的で、哲学者の究極の自由という立ち位置から、
道徳的なことを全て無視し粉砕したストーリー性をもっています。
その作品の中には、しばしば、あまりにも具体的な、
肉体的な快楽の追求にせまっていくシーンが登場します。
彼は若い頃の虐待や放蕩のせいで、
その義母から妬まれ、
精神病院を皮切りに10数年の獄中生活をすることになります。
そして、作品のほとんどがこの監獄で創造され執筆されました。


「そしたら警備員か囚人は誰でも小説家になるってわけかな?」
サトちゃんが言うので、
僕は軽い笑みを浮かべながら、
「まあ、そうじゃないだろうけどさ」

サドには並外れた想像力があったわけで、
だからこそ、若い頃に自らの想像性を、
金に物を言わせて実現させていったんでしょう。
それは特別というものです。

2人には話しませんでしたが、
僕が話した『ヴァニラとマニラ』の文章は、こう続くのです。

孤独は空想力に力を与える、
しかしながら、
この力の結果として起こる錯乱は、激しい懊悩を引き起こす。

想像を現実に到達させようとすることは、
人間の普通の欲求でしょう。

しかし、その想像性が、
奇怪で異常に誇大化した場合、
犯罪や、あるいはエロティシズムや、
変態的なポルノグラフィをどうしても叶えたい煩悶に苦しむことになる、
僕はそう解釈していました。
※マルキ・ド・サド『ヴァニラとマニラ』へのあくまで個人的解釈です。
ご興味のある方は、『サド侯爵の生涯(澁澤龍彦)中公文庫』などを読まれるとよいです。

「そろそろ飯食って帰るよ」
サトちゃんも立ち上がります。
順平はサトちゃんを指さして、
「サドちゃん」
と笑うと、サトちゃんは、
「俺変態じゃないから」
「でもサドちゃんよくね」
僕も口にして、
「サドちゃん、味噌チャーシューでしょ」
と順平。
それで3人で乾いた笑い声あげていました。


2人はラーメンでも食べて帰ると言って、去っていきました。
あとに残った僕は、
また独りになって、単語の暗記の続きをはじめます。

もし、これがなかったら、
とてもこんな仕事できないな、
そう思いました。

時計の針の音さえ聞こえない、
それでも時間が流れる場所です。

いや、そもそも時計の針の音は人間が生み出したもので、
太古の人々は、
ただ空気と光によって時が流れていくのを感じていたんです。


0時をまわってからでした。
別の場所で通行止めを担当している先輩警備員が、
巡回でやってきます。

その時でした、彼は、
「そういえばさ、津田さんって一緒に仕事したことあったっけ?」
と聞いてきます。
僕はもちろんあります、と答えます。
「あの人事故っちゃったらしいよ」
「え!」
僕は必要以上に驚きの声をあげていました。
「そんなに驚くと思わなかったよ、」
先輩警備員は軽く笑いながら、
「そんなおっきな事故じゃないんだよ、
車制止しようとして、突っ込まれたらしいんだよね、
発車ん時だから、そんなに」
「そんなにって?」
「なんか片足巻き込まれたとかで、2週間くらい入院って」

僕が夜勤に変わってから半月以上が経っています。
あれきり、津田とは会っていませんでした。
彼の「停めるんだよ!」
と怒鳴ったあの大声がよみがえってきました。

プロジェクト138日目。
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<span style="color:#ff0000;"><strong>2018/11/24 138日目【残り362日】
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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