朝飯も雪平鍋に小分けしてスキ焼きうどんですぜ。
あさからウマウマ。

帰ってきてからもスキ焼き。
うますぎる。
再加熱は大鍋ごと火にかけることはしないで、
雪平鍋に小分けしてさっと火を通すだけですぐに食べられるのもうれしいです>夕食
濃くなってたら安酒投入でおk
大鍋はすぐに冷蔵庫へ。

で、明日の再々投入用牛肉を買いに行ってきたわけですよ。
そしたら赤玉の玉子も安かったりしたので購入してしまうわけですよ。
売り場ではスキ焼き投入用の原木しいたけ探したりするわけですよ。
買い物は楽しいぜ。自由経済バンザイだぜ。
ここまで前フリ。


今日、こんな記事があったりしたわけですよ。
『料理してる人を軽蔑する彼女を変えるには?』
http://news.livedoor.com/article/detail/4553189/
   料理をしてる人がバカに見える
   料理をしている人、よっぽど他にやることがない暇人
   「うは~暇人だ~他にやることないのかね~」と呆れ

んー
自分があと何回食事をすることができるか数えてみるといいよ
1年365日の朝晩好きなもの食べても730回
10年で7300回。意外と少ないと思うぜ?
いくつまで生きる?
いくつまで健康にご飯を食べられる?何日入院する?

そう考えたら、これから食べるその1回の重さや
家族や友人と飲む意味も変わってくるかもしれないね。
一期一会だぜ。

肉でも野菜でも、生命をわけていただくということを
知識としてではなく、直感としてわからないと。
太陽であり、食文化であり、歴史であり、気候であり、流通であり、
要素の集まりとしてのrelationの結晶であることを
って、そんな難しい言葉にしなくても昔の人はみんな知ってた。

食は、
つながりであり、絆であるということ。

料理をしてる人がバカに見える
とか、悲しいこと言うなよ。怒るよりも悲しいぜ。



今日はobamaの話の続きか、通常国会と予算案の話でもと思っていましたが
ま、そんなことはどーでもいーや。
うまい酒とうまいスキ焼きウマウマが大事だぜ。