昭和の頃は、伝聞では無く体験としての戦争を聞くことが出来ました。よ
日本の空襲・疎開・空腹。買い出し。徴用された船員さんのお話も少々。
復員された方が恩給を受け取らなかった話も少々。
 
昭和の自民党政府は外国に謝り続けていましたが、
日本国民に、苦労をかけた自国民に政府として謝っていた記憶がありません。
ワーワー五月蠅い外国には平身低頭のくせに、
自国民に対して、目の前に居る犠牲を強いた人たちにはわびないのか。と
クソ自民に憤っていた昭和の一学生でした。よ
 
戦前のお上にやらされたことも、
マヌケな政治家が決めたことも、
そのお上は自分たちの代表であり、
つまりは自分たちの間接的な同意の結果としての戦禍であった。と
そういうロジックで政府は自国民に謝らない。
ニュースフィルムに残る英米撃滅を国民に誓う首相のウソを裁いたのは
国民では無く、東京裁判でした。
 
昭和のクソ政治家と無能な軍から日本が得た教訓は、
令和元年に失われつつあります。よ
 

「生き地獄だった」シベリア抑留男性、亡き仲間思い語り継ぐ 8/15(木) 13:30配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190815-00000001-kyt-l26

 

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終戦の日の内容はYahooブログ時代に書いていたものと同じです。よ
太平洋戦争において
日本を廃墟にしたのはアメリカではなくて、
無能・無策・無責任で愚鈍な組織(軍と官僚)と、
能力不足な責任者(軍と政治)です。よ
 
 ・出口戦略の重要性、
 ・当初の遂行目的の確認、
 ・客観的かつ定量的に確認し最適な修正を行う判断力と柔軟性、
 ・中止を含む重要な決定を迅速に行う決断力、
=プロジェクト管理

 

そんな視点で見てみると、どうみても炎上プロジェクト。
個々の戦場の勝敗とは全く別なところで、
いずれ終わっていたのではないのかな。と。
終戦記念日という表現が敗戦記念日よりもしっくりくるな。と感じます。

 

結論としましては、数回書いていることではありますが、
 無能な上司ほど恐ろしい敵はいない
 無能な指揮官が最も恐ろしい。
http://blogs.yahoo.co.jp/level4level4/29081488.html

 

ただ、
当初の遂行目的と終戦の詔勅(いわゆる玉音放送)を念頭に置いて、
令和元年8月15日を見渡した時に、
ある程度目標を達成しているのではないか。とも思えるわけです。
達成したのは
栄誉も賞賛もなく満員電車に詰め込まれた背広を着た兵隊さんと、
家庭を守ったお母さんなのではないか。とも思えるわけです。
目的達成に至る工程、リソース、献身。戦争と比較してどうなのかな。と

 

私は、栄誉も賞賛もなく満員電車に詰め込まれた背広を着た兵隊さんと、
家庭を守ったお母さんの、不断の努力と献身にこそ深く感謝をしたいと、
それが、国難に遭われた方々の望まれたことなのではないかと、
終戦記念日に考えました。よ