今日は 私の1つ前の過去生について書きたいと思います

一昨年の7月に、抱えてた問題の解決のヒントが欲しくて、
自分の過去生を調べていただきました。
その前に、チャネラーにも転生国などは教えてもらってたのですが、
もっと正確で詳細な情報が欲しくなり、リベンジしたのです。
知りたかったことは、
じぶんがなぜ、精神世界にひかれるのかです。
私は小学生~父が亡くなる18歳まで、誰に言われたわけでもなく
寝る前、自分の守護霊(ガイド)に毎日報告する日課がありました。
報告と言うより、”お願い”に近いお祈りをしてたのですが
他の家族はそんなことしてなさそうだし、、、
何でみんな祈らないんだろう…?(笑)と、
普通に疑問だったのですが (・Θ・;)
私のその行動の元は直前の人生にありました。

1866~1928年の62年間、
私はインドに男性として生まれていました。
当時インドは、イギリスの植民地支配の真っ只中にあり、
主権は完全にイギリスの手に渡っていました。
わたしは、熱心なヒンズー教徒の家に生まれていました。
カーストがバラモンだった為、本来なら宗教儀式に則って
周囲の人々を導かねばならない立場にいましたが、
イギリスは今までの、インドの文化・生活様式を崩し、
強引に近代化政策を進めていた為、
バラモンとして生きることなど許されず、一般の職に就きました。
やがて結婚をして、子供にも恵まれるのですが、
家族を養う為には、とにかく働かなくてはなりません。
周りでは人々が苦しんでいました。
神を信じる心も折れそうになっていました。
「 自分が 勇気をもって本来の使命を全うできれば
苦しんでいる人々を 神につなげる事が出来るかもしれないのに、、
… 一体わたしは 何をやっているんだろう、、、。 」
{ じぶんの本当にしたい事が出来ない現実 }
に ただひたすら黙って耐える日々を送りました。
祈り続けたのは、
「 いつか必ずヒンズーの神の導きにより、
インドがイギリスから独立できますように 」
時が流れ、、、、
わたしは 相変わらず自分のしたい事ができぬまま
年を重ね、54歳になっていました。
このころ民族独立運動の気運が高まり、
ガンジーの率いる運動が全国的に展開されるようになります。
ガンジーの登場にわたしはやっと願いが叶ったと思いました。
わたしはガンジーが演説する広場で
「 この男こそインドを救うものになるであろう 」
というメッセージを神から受けて、
心から彼の運動に協力したいと思いました。
しかし相変わらずインドは、
イギリス人と英国軍に教育されたインド人に支配されていました。
ガンジーの活動に賛成するような集会を開くと、
彼らは激しい攻撃を加え、
場合によっては殺されることもありました。
わたしは、
「やっと永年の願いが叶った このまま殺されてもいいから、
非暴力運動を続けていきたい」
と思いながらも、
実際 家族のことを考えるとそれもできず、
いつしか運動に参加するのをやめてしまいました。
自分の力のなさ、不甲斐なさを痛烈に味わいながら
62歳の生涯を終えます。

この人生での学びは、
個人的なバラモンとして生きる願いは
叶えられなかったものの、
インドを独立させてほしいという、
大いなるものへの純粋な願いのみ叶える事が出来ました。
このことから
『 願い続ければ 夢は叶う 』 という学びを体験し、
今生での生き方に 希望となって持ち越されています。
わたしが、独立運動に参加できなかったのは
これより前の フランス革命の人生で 家族を亡し、
残される者の悲しさを散々味わったからです。

ブログでじぶんの思いを語る。。。
ちょっと前の世界では 到底考えられない事が
出来るようになりました。
インドの人生では、
本人の努力では到底超えられない
時代という名の宿命がありました。
しかし今は、自分の思いを正直に書いて
反発や非難をされる事はあっても、
命までは簡単にとられません。
この時代に日本に生まれ、生きられるということは
忘れそうになっちゃいますが、
すんごいラッキーなことなんだわ

と 改めて思いたいです。
{ バラモンとして 思う存分道を極められなかった、
人を導けなかった }
という心残りは、
時代を超え、
今生の人生で これから存分に体験していくつもりです

*インドの画像が手元にないので、アンコールワットの写真で勘弁してください(笑)
