ノルウェー旅行。
長くなりましたが、
今回が最後です!
フィヨルドからオスロに戻ってきて
翌日に行ったのは、
オスロに郊外にある
「ヴィーゲラン公園」。
オスロ郊外にある公園です《ヴィーゲラン》とは
ノルウェーの著名な彫刻家で、
ノーベル平和賞のメダルを
デザインした方でもあるそうです。
この方がヴィーゲランです。
公園に入ると、
そこには650体以上の
ヴィーゲランの作品が並んでいます。
特にこの橋に作品が固まってます特に有名なのは
「怒りん坊」と呼ばれる作品なのですが
他のものたちも
かなり奇妙で、思わず足が止まります。
おじさんが、子どもを頭に乗せていますが、子供の顔が、、、
うーん、何でしょう、、
子どもとの触れ合い?
子どもたちを蹴散らすおじさん!
怒るおじさんに、
仲よさそうな、おじさんたち
ハイテンションな女の人、、、
楽しそうに遊ぶ(?)男女
持ち上げてーーー
なぜか、阿波踊り
(ではないと思いますが)
珍しく冷静な表情の男の子
ついに登場! 観光客に囲まれて大人気なのは、
オスロ名物、怒りん坊!!!
怒ってます、怒ってます!(^^)
そして、
この公園のシンボルでもある
《モノリッテン》と呼ばれる
モニュメントへ。
この公園のシンボル《モノリッテン》!
こちら、人体121体が人柱を作っている
作品ですが、
かなり奇妙です、、、
近くに寄ると、
こんな感じです、、、
作品に対する
ヴィーゲランのコメントは一切なく、
見る人それぞれの世界で見てほしい、
ということのようです。
私には、サッパリで
正直何も感じませんでした、、、
芸術のセンス、ゼロなので、、、![]()
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と、この公園の他に
オスロで巡ったのは
・ヴァイキング船博物館
・ノーベル平和センター
オスロはかつて
ヴァイキングの本拠地。
ゆえに、ノルウェーの人々は
自分がヴァイキングの子孫であることを
誇りにしているようです。
ヴァイキング船博物館に展示されている、ヴァイキングの船ヴァイキングは、
800年から1050年の
約250年間に、
西ヨーロッパの沿岸を侵略した
北方ゲルマン人の集団で、
高度な造船技術、航海知識を有し、
交易を中心に活動するものの、
侵略行為も行い、
8世紀にはフランスに侵入。
885年になるとヴァイキングは
パリを包囲し、
西フランク王国の王によって
現在のノルマンディー地方を与えられ
そこにノルマンディー公国を樹立。
ノルマン人(ヴァイキング)か作った国、ノルマンディー公国さらに、
このヴァイキング一族は
1066年になると、
海を渡った先にある
イングランドを攻撃。
(ウィリアム1世)
フランスでノルマンディー公国を作った後、イングランドを攻撃そして、
何とイングランドを打ち破って
ここにも自分たちの国を作っちゃいます。
こうして、
ヴァイキングは
イングランドの王となり
(ノルマン朝)
その王が
今のイギリス王室の先祖となっています。
まさに昨日結婚式を挙げたハリー王子とメガンさんのロイヤルウェディングは、ヴァイキングの末裔の結婚式です(写真はBBCニュースより拝借)
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と言うわけで、
イギリス王室の故郷は、
フランスのノルマンディー。
(そのさらに故郷は北欧ですが)
そのため、イギリス王室
(当時はイングランド王国)は
かつてフランスのノルマンディーも
治めていたのですが、
勢力を拡大させて
フランス王の地位も狙っていたわけです。
その試みが成功して
1420年頃になると
事実上フランスはほぼ
イングランドのものに!!
しかし!!
そこへ、あのジャンヌダルクが登場し、
イングランドはノルマンディーを含む
フランスから追い出されました。
イングランドはフランスに持っていた
広大な土地を失ったわけです。
イギリス側からすれば
「俺の土地返せ!」、ってなわけで
イギリスとフランスは
長らく戦争ばかりしていたんですね(^^)。
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話がとんでもなく
難しくなりました💦💦
ヴァイキングの話で
まさかのイギリスとフランスの
確執の話にまでなってしまいました💦💦
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もう一つ、
ノーベル平和センターも行きましたが、
話が長くなり過ぎるので
写真だけ!
グローヴスはどうしても京都に
原爆を落としたかった、
とのことですが、
京都に落とすと、
戦後の日本が反米になる、
という理由で変更されたようです。
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と、またまた話が
長くなってしまったので、
この辺にしておきます!
以上でノルウェー旅行は
終了です(^^)
ノルウェー、想像以上に
いいところでした!
ちょっと日本から遠いですが
フィヨルドも綺麗ですし、
是非オススメです!
では!!











