800年前のパリの壁、フィリップ・オーギュストの城壁を辿る(その5) 右岸編その4 | 西方見聞録(旧パリレポート)

西方見聞録(旧パリレポート)

2015〜2020年パリ、2020年4月に本帰国しました。帰国後も”これは!”と思うものを探し、レポートしています!!

12月21日(水)
天気:晴れ

ちょっと間が空いてしまいましたが
引き続きマニアックなパリ散歩、
フィリップ・オーギュストの城壁巡りです!

ここまで、
パリ右岸編の、
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①ルーヴル美術館のクール・カレから
②サントゥスタッシュ教会を回り込んで、
③エティエンヌ・マルセルから
④サン・ドニ通り、
⑤サン・マルタン通りを抜け

というところまで
巡りました。

ここからいよいよ
マレ地区です。
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赤で囲んだところの、城壁を巡ります。青い部分が城壁跡です


マレ地区は、今ではパリの
ファッション、流行発信地。

上の③のエティエンヌ・マルセルも
最近かなりキテますが、
やはりベースはマレにある
と言っていいと思います。

そんなマレ地区は
かつて沼地で(12世紀ごろまで)、
13世紀に入ってテンプル騎士団が
この地(城壁外)を開拓するや、
以降17世紀まで
多くの貴族がここ(城壁内)に館を建設。
華やかな街となりました。
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マレ地区に残る最古の邸宅『サンス館』。15世紀後半から16世紀初めにかけて作られました

しかし17世紀に入り
パリ左岸にアンヴァリッド(軍の病院)が
建設されるや、

18世紀になると貴族たちは
汚く異臭のひどいパリ中心部を捨て
アンヴァリッドの近く、
当時まだ森だった空気の綺麗な
フォーブル・サン・ジェルマンに
邸宅を移動。
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貴族たちの館は、当時パリ城壁外のフレッシュな地、フォーブル・サンジェルマンへ移動
(サン=ジェルマン・デプレの西側、アンヴァリッドの
東側にある現在の官庁街)

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フォーブル・サンジェルマンにあるシャトレ伯の邸宅。現在は労働省(略称)。このエリアはこのような邸宅が、ずらーーっと並んでます。それらの貴族の館は、フランス革命後多くが官庁の建物へ。そのためパリ7区のフォーブル・サンジェルマンは、フランスの官庁街。日本で言えば霞が関です

日本の霞が関も
明治維新以前は大名屋敷街。

権力者が変わると
権力側の土地が官庁街になるのは
日本と同じですねウインク

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話は戻ってマレ地区です。

と、マレ地区は
かつて貴族の館が立ち並び、
しかも19世紀の
オスマン知事によるパリ大改造の
破壊から逃れたため

今でもパリ旧市街の雰囲気を残す
エリアとなっております。


前回はサンマルタン門を過ぎたところまで
でしたが、
そこから城壁は南東に
ぐぐぐーっと下がっていきます。
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中世の雰囲気が残るマレ地区へ! パリ観光の人気エリアです!

城壁はかつてサンマルタン門があった
ところを過ぎると、
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現在の区画を
斜めに横切って行きます。

上の地図の赤字"ここ"部分を
目指します。
(タンプル通りからランビュトー通りに抜ける部分)

ボーブール通りを横切り、
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ボーブール通りをグルニエ・サン・ラザール通りとの交差点辺りから、セーヌ川方面に見てます。かつては、この目の前に城壁が立ちはだかっていたと思われます

アンヌ=フランク庭園を抜けると、
タンプル通りに出ます。
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パリの古道、タンプル通り。12世紀にはフランス国王をも凌ぐ富を有していたテンプル騎士団の本拠地が、このタンプル通りの先(現在のタンプル駅周辺)にあり、そこに続く道でした

※テンプル騎士団は、1307年にフランス国王の陰謀により弾圧。シテ島の刑場で、火あぶりの刑に処せられました

このタンプル通りには
『パザージュ・サン・タヴォワ』という
プライベートのパザージュがあり
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『パザージュ・サン・タヴォワ』。私道になっていて入れません>_<

このパザージュに沿って
城壁がありました。

このパザージュを抜けて、
ランビュトー通りに出ると、
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こちらはランビュトー通り側の、パザージュ入口

ランビュトー通り側の
パザージュ入口に、かつてここに
城壁があったことを物語る
プレートがあります。
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1190年に建てられた壁。タンプル通り側の入口には、隠し門があったと語っています。1280年に設けられ、1535年に壊されたとのことです

ランビュトー通りから
アルシーヴ通りに抜け、
城壁はフラン・ブルジョワ通りへ。
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すっかり暗くなってきました。。左に見える建物は、フランス歴史博物館。かつてのスーピーズ伯の館(①のポイント)

この通りは、かつての城壁の
外巡回路。つまり壁は右の建物と
重なります。
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上のフラン・ブルジョワ通りの写真は、①で撮影

①地点から壁のほうを見ると、
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かつて城壁の一部を成していた塔が見えます

さらに進んでいくと、
ヴィエイユ・デュ・タンプル通りとの
交差点、左側に
ルイ12世の金庫番の家があります。
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16世紀初めの建物です(城壁外の建物)

さらに進むと、
そこには無印良品とユニクロがあります。
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パリで大人気のユニクロです

壁はセヴィニェ通りまで達すると、
そこから南下し、
まっすぐセーヌ川に向かいます。
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セヴィニェ通りからサンポール教会に出ます

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サンポール教会。教会向かって右側は城壁跡です

そして、ここからが
このフィリップ・オーギュストの
城壁巡りのクライマックスです!

教会を回り込み、
裏のシャルルマーニュ通りを
壁跡に向かうと、、
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シャルルマーニュ通り。中世の雰囲気を残した通りです

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どーん! とフィリップ・オーギュストの城壁が出現します

ちょっと暗いので、
別日に撮ったものを添付します。
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ここまで綺麗に残っているのは、ここだけです!

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壁が今も残っています!

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サンポール教会の南、地図上"この部分です"の所です

壁が残っている公園は、
昔は何もなかったのですが、
つい最近、サッカーのネットや
遊具が置かれ始め、

写真が綺麗に撮れなくなって
しまいました。
残念。。

と、この壁跡をまっすぐ行くと、
セーヌ川にぶつかり、
ここで右岸の壁巡りは終了。

ちょっと細かく書きすぎて
長くなってしまいました。。

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