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寛解生活(急性骨髄性白血病闘病記)

原題:「入院生活」
2011年7月、急性骨髄性白血病で入院。寛解導入療法、3回の地固め療法を受け、2012年2月に退院。2012年4月に職場復帰。通院にて維持療法継続中。
治療や入院生活、退院後の生活のことなどを書いています。
Twitter: @RickPennyroyal

地固め2回目もいよいよ終盤です。

これまでのところ白血球の数が順調に回復しているので、このまま行けば、もうすぐ外泊が許されそうです。今回はあまり熱も出ず、副作用も少なかったので、これまでの治療の中では最も楽でした。
(今回はラッキーだっただけだし、抗がん剤によるダメージが体に蓄積しているので、次回の地固め療法はこのように楽にはいかないかもしれないとのことですが。)

ラッキーといえば、昨日から年末ジャンボ宝くじの発売が開始されたとのニュースを見ました。

10万人に数人というこの病気に当たるくらいだから、今年は買ったら当たるんじゃないかと(根拠なく)思って興味を持ち、ちょっと調べてみると、1等は1,000万本に2本、3等(100万円)でも10万本に1本しか当たらないんですね。

白血病の発症率より当選確率が低いのですから、道理で、ほとんどの人が当たらない訳です。
昨日のサッカー男子の北朝鮮戦は悔しい結果でしたね。善悪は別にして、気合いや背負っているものがやはり勝敗を決するのでしょうか。

さて、白血病の治療はとにかく時間がかかるので、長い入院生活をどう過ごすかは大きな問題です。最初はどう暇をつぶそうかに頭を悩ますのですが、入院が何ヶ月にも及ぶと、それだけの問題ではなくなってきます。

これまでに考えてきたことをまとめてみました。

1. 毎日の基本的なスケジュールを定める

休むことが仕事の病人ながら、必要以上にダラダラ過ごしてしまうと、やはり一日の最後にもったいなかったなと感じます。入院という非常事態も、長くなればそれが日常生活になり、精神衛生上、リズムやメリハリが必要です。それに、やるべきことを設定してそれをこなすことに集中している方が、余計なことを考えることがなく、また、時間が早く過ぎるような気がします。

2. 自分の本当の心に耳を傾けて、やることを絞り込む

入院が長くなってくると、暇をつぶさなくては、又は、まとまった時間ができたからこれをやろう、などと色々とやることを思い付いたり、お見舞いで本などをもらったりするうちに、案外やることが増えてきます。こうなると、気持ちばかり忙しくなるし、どれも中途半端になりがち。

そこで、やることを絞り込む必要が出てきます。

その際、義理(せっかく持ってきてもらったし等)や義務感(せっかくまとまった時間ができたから何かやりとげないと等)ではなく、直感に従って選ぶ方がよいです。(流行りの整理法にならうと、「ときめく」かどうかで選ぶということになるでしょうか。)そのときの気持ちや状態(これらが結構変化するのです)に応じて本当に読みたい本、本当にやりたいことに集中すると、一日の充実感が大きいような気がします。

3. 所詮は病人という諦めをもつ

これこそ病人道の基本なのですが、調子がいい日が少し続いたりすると、これを忘れそうになるんですね。体調が悪いときだけでなく、なんだか気分が乗らない日も、ぐったり又はぐーたらしてやり過ごす以外に対処法はないようです。
早めの抗生剤が効を奏して高熱を出すことなく骨髄抑制期を過ごしています。体調は悪くないけれど、部屋から出てはいけないので、読書三昧。目下の主訴は、疲れ目です。

渡辺謙著「誰?」を読み始めたのをきっかけに、同主演の映画「明日の記憶」を観ました。営業マンとしてばりばり働いていた男が若年性アルツハイマーになっていく様子と家族の苦悩を描いた映画です。

テーマの病気と私の病気は全く違いますが、病名を告げられて病気に関する本を読み漁るところ(そういう時期もあったな)、これからというところで仕事をあきらめなくてはならなかったところ(さぞ無念だったろう)、樋口可南子さんが演じる妻がとうとう耐え切れずに家を飛び出して泣くところ(家内もこういう瞬間をいくつも乗り越えてきたのだろうか)などは、身につまされて涙してしまいました。

それから、子供の頃にみて心に残っていた独眼竜政宗と虎哉禅師が、また師弟として向かい合って演技をしているのは、なんだか本当にいい画でした。大滝秀治さんは、永遠の「人生の師匠」ですね。