拝啓。

お元気ですか。僕は身体は元気だ。


今年は例年に比べて桜の開花が早く、花見のシーズンが早まったとか既に葉桜になり始めているとかテレビでニュースになっていたが、知ったこっちゃない。僕の住む地域じゃあ未だ桜の花ひとつ咲いていないどころか雪が降る始末だ。手が悴んでしょうがない。

僕の友人は先日手袋を無くしたと手をすり合わせていたが、この時期に無くすとはなんと不幸な奴だろう!あとは暖かくなってゆくばかりだというのに。彼奴の性格だから、この時期に態々手袋を買い直す気にはなるまい。手袋がなくては、暫らくは手と上着のポケットが仲良しこよしになるのだろう。だが、彼奴は自転車で通学していた筈である。ポケットに手を突っ込んで自転車に乗り、交通事故にでも遭われたら目も当てられない!他人の不幸は蜜の味というが、僕は他人が手袋を無くしたことを笑って話のネタにできても、事故に遭うかもしれないことを笑える程非道い奴じゃあない。
彼奴は何だかんだ付き合いのイイ奴だから、僕が買い物に付き合えといえば頷くだろう。そこで彼奴に似合う手袋を見繕ってやればいい。僕は友達思いだからな。惚れて呉れるな。否定もして呉れるな。だが金は彼奴持ちだ!己が苦学生だとは言わんが、学生とは並べて節制したい生き物である。己が使う物くらい己で買えというハナシだ。



さて、貴方の住む地域ではもう桜が咲いているだろうか。桜は不思議なもので、見ているだけで心がポカポカとしてくる。日本人好みの淡い桃色の花びらと、風に乗って届くほのかな香り。桃色は暖色だから気分が高揚するのは勿論だし、桜の匂いはそれだけで春の訪れを連想させる。匂いというのは人間の記憶と密接に関わっているらしいから、共に〝暖かい〟という記憶も脳味噌から引っ張り出しているのだろう。何にしろ、日本人の誰もが桜と春をイコールで結びつけるほどに、文化の芯まであの匂いが染み付いているに違いない。

何が言いたいって、僕が桜が好きだということだ。だから君の周りで既に桜が咲いているのであれば羨ましい。
僕をポカポカとさせる桜はきっと君をもポカポカとさせるのだから、寒い冬か年度末か、若しくは受験のために疲れた君を元気づけて、それから新しい春へ送り出してくれるだろう。だからひと足早く桜を見られたのなら、君は僕よりちょっとだけハッピーだ。これが羨ましくないわけがない!
僕にも救いがあるとすれば、未だ咲かないでいる桜は、僕等を春へと迎え入れる準備をして呉れているだろうことか。そして、僕が学生にとっての一年のスタートを切ったことを祝った後、四月になって新入生がやってくる頃に「よく来た!」って言って、僕と一緒に彼等を歓迎をするのだろう。きっとそうだ。それなら未だ咲いてない桜も愛おしく思える。


ちょっとはこの手紙でポカポカとしただろうか。僕は桜にかなりの信頼を置いていて、冬の鬱々とした気分を払拭できるものだと信じている。君にこれをおすそ分け出来ていたら、重畳。僕の手紙もなかなかなもんだ。そんな楽観はしていないがね。

それから、折角手紙を書く機会を作ったのだから文の腕も磨きたいと思っている。三日坊主の僕だが、これならいけるのではないかと久々の手応えを感じている。是非とも続けたい。だから君も僕が送る手紙を受け取り続けてくれると嬉しい。今のままではボトルメッセージと何ら変わりがない。返事は強要しないが、返事あっての手紙だとは思っている。

まあ、僕が手紙を書き続けられるか見守っていて欲しいってことだ。



頓首
スタートダッシュには定評のある葱野寛