カフェに入ると大学1年生くらいの女の子が控えめな声で「いらっしゃいませ」と接客してくれた。


何度も何度も同じフレーズを繰り返しているのかエラい自然な感じだった。アイスコーヒー1つと低いトーンで答えると


「いまキャンペーンでセットのケーキを付けてこの金額で提供させていただいております。ご一緒にいかがですか?」


とこちらもあいさつをするかのように慣れたみたいに笑顔で繰り出して来た。店のルールで勧めるように言われているのだろうか。


本当は食べたくないのに「じゃチーズケーキとセットで」と気付いたら発していた。お待たせしました!という声と同時におぼんを受け取り階段を登った。


席についてストローをさして渇ききった口の中にコーヒーを含んだ。ボーッとしてコーヒーを眺めた。


コーヒー1杯とケーキには色んな人が関係していて、全て"仕事"。死ぬ直前まで食うために働かなきゃならない。仕事は死事。


コーヒーを調達する人、コーヒーを作る人、接客する人、このコップを作る人、ケーキを作った人、カフェを経営する人、色んな人が間接的につながってる。


物を提供するまでには1から10まで順番に流れている。お金も同じで水のように流れているんだろう。


全くのノープランで街並みを散歩しようとカフェを後にした。街はテキ屋が立ち並んでいて公園を見つけて奥に進んだ。無邪気には小学生の友だち同士で走り回って遊んでいる。


彼らは将来のこと、お金のこと、仕事のこと、そんなことなんて頭の片隅に1つもなくて、脳内遊び畑。


そこには男性、女性といった大人の区別もない。煩わしい人間関係なんてものはなくて、人との距離が近くて、どんな不可能も可能に変えられる真っ直ぐさ。


サンタさんがプレゼントを届けに来てくれると見たこともないのに信じることのできる素直さ。脳も、知識も、夢も、自由。


一方で僕は年齢を重ねるにつれて知識、経験が積み重なって岩みたいになっていく。


岩になってしまえば身動きが取れなくて川に流れる小石にはなれない。



小さい頃は、はやく大人になりたい!なんて思っていたけれど大人になったらなったで子どもになりたい!なんて思っている。


いつも見たくない景色に目を瞑って、見たい景色を見ようとしているのかもしれない。