ジッとしているだけでも日なたにあたっていれば五分も立たないうちに額から汗が滝のように吹き出てくる。太陽が人間に光脱毛のレーザーを当てているような日。


前から誰が見ても不格好なアリ色のスーツと髪の毛。女の子が少し駆け足で辺りを詮索している。顔の表情も時間にも余裕がなさそうなのが見てとれた。


OL感ゼロの女の子がこんな昼間からどうしたものかなと横目でみていると、白い板に○○株式会社説明会と書かれている看板を発見した。


そこから連想して点と点がつながった。きっと就活の説明会か面接なんだろう、ということがわかった。それでもまだその女の子は見つけられない様子で慌てている。尋常じゃない汗をハンカチで拭き取る。


と同時にスマホを片手に目的地を探す姿はまるで小さい頃によく遊んだ公園がマンションに変わったのにその公園を探しても見つからないかのようだ。


そんなことを考えている僕も今年、世間でいう就活の年なのだ。僕はというとこの街に来たことがないので1人で旅行に来ている。


もちろん、私服。今は就活のことを考える隙もないくらいに自由な余暇を満喫中。


とはいえ、僕は人に合わせたり、上司に合わせることが大の苦手だ。だから、どうしたらいいか未来の設計図が分からなくて、旅に出たというのも旅行の理由のうちの1つだ。


ところで、この国で就活の代で将来の設計図を持っている人がどれだけいるのだろう。


ただ、なんとなく学校卒業したら興味がありそうな所の会社の面接を受けて働くなんてのは設計図ではないだろう。だから、会社に勤めても3年以内に辞める割合が高いのではないだろうか。


「今頃の若者は覇気がない、根性が足りない」なんてツバやガムを吐き捨てるかのように発する、ザ・昭和の代弁者みたいな人がいるけれども…


間違いなく時代が変わっているのは確かだ。それに伴って人間の性格や考え方だって変わるはずだ。


もし、そんなことない!と批判する昭和民がいるのであれば尋ねたい。なぜ、不倫はダメなんですか?昔、日本では一夫多妻でしたよね、と。


それが今では不倫なんてしてバレたものならこの世の終わりだ。これをどう説明するのだろう。


時代が変われば考えは変わる。環境が変われば感覚だって変わる。友人だって永遠の友なんてのは、ほとんどなくて年を重ねるにつれて関わる時間が減っていく。


いつしか同じ学校の空間にいたクラスメート程度の仲間くらいになっていくんだ。


時が経てばその季節に応じて花が入れ替わるように、友人の関係も移りゆくものなんだよなぁ、なんてボンヤリと考え事をして目線を白の看板に送った。


フッと辺りを見渡すとさっきの女の子は姿を消していた。無事、時間に間に合って場所は見つけられたのだろうか。まぁいいか。近所の世話焼きのオバさんじゃあるまいしなぁ。