ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
今回ご紹介する本は、
フランスの文豪、
ヴィクトル・ユゴーの
言わずと知れた傑作!
この世界的な名作、
ストーリーをご存知の方も
多いと思います。
私自身、
子どもの頃に(偕成社か岩波少年文庫?)、
読んだことがありますし、
家族で帝国劇場のミュージカルを
観に行った記憶もあります(^^)
(斉藤由貴さんのコゼットが初々しかった!)
映画も、
子どもの頃に観た記憶がありますし、
大人になってからも、
いくつかのバージョンのものを観たり、
直近だと、
ミュージカル仕立てのものも、
映画館で鑑賞しました!
という訳で、
私にとって思い入れのある
物語なのですが、
何故か、ふと、
この歳になって
改めて原作の小説を読んでみたくなり、
岩波文庫版や新潮文庫版を
検討したのですが、
長さにちょっとビビってしまい(^^;
最終的に選んだのが、
少しダイジェストになっていて
読みやすそうな、
角川文庫版です!
ということで、
ストーリーの詳細は割愛、
私の印象に残ったシーンを紹介しながら、
そこを掘り下げていきますね。
まずは、やっぱり、
「銀の燭台」のシーンから、
主人公のジャン・バルジャンは、
親切に泊めてくれた司祭の
恩を仇で返すように、
銀の食器を盗んで逃亡します。
しかし、警察官に捕らえられ、
引っ立てられます、が・・・
(司祭は)
「おお、きみか!」
ジャン・バルジャンを見ながら
声を上げた。
「また会えて、嬉しいよ。
ほかのものと同じ
二百フランの価値がある、
銀製の燭台もあげるつもり
だったのに。
なぜ、食器といっしょに
持っていかなかったのだね?」
ジャン・バルジャンは目を上げ、
そんなことを言うひとが
いるのだろうかといった表情で、
相手を見返した。
(中略)
「友よ」
司教は声をかけた。
「出かけるまえに、
この燭台も持っていくがいい。
さあ」
(中略)
ジャン・バルジャンは、
全身をふるわせている。
ぎこちなく燭台二脚をうけ取ると、
怯えたような表情になった。
「さて」
司教が声をかけた。
「怖れずに、
出かけるといい」
警察官たちに向きなおる。
「みなさん、
もう引き上げてもだいじょうぶだ」
彼らは帰っていった。
ジャン・バルジャンは、
いまにも気が遠くなりそうな
気分だった。
司教がそんな彼に近づき、
小声でささやいた。
「この銀食器や燭台を、
あなたが正直者になるために使うと
約束しましたね。
それを
絶対に忘れないように」
そんな約束などしていなかった
ジャン・バルジャンは、
まごつきながら立っていた。
ささやくとき
威圧するような口調で言った司教は、
さらに厳かに説明した。
「ジャン・バルジャン、
わが兄弟よ、
あなたはもう悪人ではない。
善人に生まれ変わったのだよ。
あなたの魂のために、
わたしはこれを授ける。
あなたを陰湿な思いから
解き放ち、
煉獄から救い出し、
神のもとに
連れていくために、
こうしたのだよ!」
・・・人を「信じる」というのは、
こういうことを指すのでしょうか。
銀の皿を盗んだ
ジャン・バルジャンを糾弾しても
おかしくない立場なのに、
それどころか、
銀の燭台までも授けるとは・・・
司祭は、
ジャン・バルジャンの罪ではなく、
閉ざされていた「良心」を見つめたのです。
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ジャン・バルジャンの
身になってみると・・・
彼は、貧しさのあまり、
一斤のパンを盗んだだけで、
(脱獄の失敗はあるにせよ)
なんと19年もの間、投獄されていました。
あまりにも理不尽。
出所してからも、
囚人のレッテルは消えることなく、
差別され続ける日々・・・
そりゃ、
世の中に対して、
恨みつらみしかなくなるのが
あたりまえですよ。
だから、
銀の食器を盗んで逃亡しようとした。
無理もない・・・
しかし、その罪は司祭によって
許される、どころか、
さらに銀の燭台まで
授けられることになる。
(ジャン・バルジャンは)
いままで感じたことのない、
怒涛のような感情に
囚われていた。
怒りを感じていたが、
誰に対してのものかわからない。
感動とも屈辱感とも
つかない気分だ。
不安にかられ、
自分の人生の不公平さを
考えたときの、
胸を締めつけるような
やりきれなさに似たものを
感じて、
身をふるわせる。
いままで感じたことのない、
この感情は何だろうと
自分に問いかける。
(中略)
今までの人生で、
ほとんど「愛」を感じたことのない、
ジャン・バルジャンは、
司祭の「愛」をすぐには、
受け入れられなかった。
実際、この直後に、
またもや小さな罪を犯してしまうのですが、
しかし、
その後、彼は改心して、
自分の「良心」に従う人生を
歩むことになる・・・
もちろん、
生身の人間ですから、
究極の選択をしなければならない場面では、
(物語でいくつも出てきます)
彼も迷ったり、悩んだり、
葛藤しまくったりするのですが(^^;
最終的には、
自分の「良心」に従う選択をする。
「そこまでしなくてもいいのに!」
というくらいに。
この「強さ」は
いったい、どこからくるのか・・・
・・・そうですね。
やはり、
司祭から「無条件の愛」を与えられたこと、
別の言い方をすれば、
彼の中に
「良心」が眠っていることを
心の底から
「信じて」もらえた経験が大きいのだと
考えます。
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遠藤周作さんの描く、
イエスとその弟子たちとの物語を
想起します。
(過去ブログでも紹介しました。
よかったらご参照ください)
イエスの弟子たちは、
イエスの死後、
「強き人」に変容するのですが・・・
それはいったい、何故なのか?
・・・次回に続きますね(^^;
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございます😊
次回に続きます(^^;
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おまけ写真集(^^;
少し前(GW)になりますが、
三峯神社に登った翌日、
秩父礼所巡りをしました!
一部、シェアさせていただきますね(^^)
観音院。
階段をひたすら登ると・・・
おお、着きました!
(滝になっている)崖の直下に
本堂があります。
奥の院も含めて、
神秘的な異空間のようでした(^^)
法性寺。
舞台造りの観音堂。
この奥の岩窟も見ごたえがありましたが、
さらに、奥の院へ・・・
(ここから、ほとんど登山レベル!)
(2~30分の登山後・・・)
おお、山頂の断崖絶壁に観音さまが!
反対方面、
急角度の鎖場越えると・・・
おお、大岩の窪みに・・・
なんと、大日如来さまが鎮座!
ああ、
ありがたや・・・
反対向くと、
うわあ、スリル・・・
ちょっとだけ
大日如来になりました(^^;
・・・無事、
下界に生還して、ここは、野坂寺。
牛(実在した牛がモデル)のうえに、
観音さまが!
金昌寺の大わらじ!
あまたの石仏・・・
奥の院、
すごい木の生え方!
暗かったはずですが、
何故か明るい・・・
スピリチュアルを感じる
エリアでした(^^;
ボクも、
スピリチュアルな存在?😸
秩父礼所巡り、
おすすめします😊

















