ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

スギ花粉が、絶賛飛散中ですね💦

 

田坂広志さんの、

人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」

 

田坂広志「人間を磨く」こころの技法

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています(^^)

 

今回で3回目です。

 

前回、

「人とぶつかった後には、

自分から声をかけ、非を認める」

 

ということを、

エピソードを交えて紹介しましたが、

 

今回は、

「人とぶつかった時こそ、

絆を深める好機」

 

ということを、

人間の「深層心理」という

切り口から深堀りしていきます(^^)

 

 

そもそも、

誰かと意見がぶつかり、

感情がぶつかり、

心が離れたとき、

 

我々の

「表層意識」の世界では、

相手に対する批判や非難、

反感や嫌悪などの感情が

動いている。

 

しかし、実は、

その一方で、

「深層心理」の世界では、

次の二つの感情が動いている。

 

第一は、

自分に対する嫌悪感

(自己嫌悪)

 

第二は、

相手に対する不安感

(他者不安)

 

 

「自己嫌悪」と「他者不安」

 

どういうことでしょうか。

 

 

例えば、

誰かと感情が

ぶつかったときには、

 

表面的には、

「彼はどうして

あんな物の言い方しか

できないんだ」

「彼女は、どうして、

素直に受け止められないんだ」

といった形で、

 

相手の言葉や態度に対する

「批判や非難の感情」

が動いているが、

 

実は、その心の奥深くでは、

 

「どうして、彼の言葉で、

つい感情的に

なってしまったのか・・」

「ああ、彼女の気持ちを考えて、

言葉を選ぶべきだったのに・・」

といった反省とともに、

「自己嫌悪」

の感情が動いている。

 

 

そうですね~。

 

ぶつかったあとに、

何か嫌な感情が残るのは、

この「自己嫌悪」のせいなんですね(^^;

 

 

また、

誰かと感情がぶつかった時には、

表面的には、

「彼は、もう許せない!」

「彼女は、顔を見たくない!」

といった形で、

 

相手に対する

「反感や嫌悪の感情」

が動いているが、

 

実は、

その心の奥深くでは、

「彼が、どこかで、

自分を批判しているのでは

ないか・・」

「彼女は、誰かに、

自分の悪口を

言っているのではないか・・」

といった

「他者不安」と呼ぶべき感情が

動いている。

 

 

・・・はい、

 

小心者の私は、

いつも不安になります(^^;

 

 

我々の心の中にある、

この「深層心理」の世界を

理解するならば、

 

誰かと感情がぶつかったり、

心が離れたりした後、

 

自分から相手に声をかけ、

謝ることがなぜ大切か、

その深い意味が分かるだろう。

 

それは、

ある意味で、

自分と相手の心の中にある

「自己嫌悪」「他者不安」を、

同時に緩和・解消

していくための営みでもある。

 

すなわち、

まず、自分から

「すまなかった」と言って

相手に謝ることによって、

 

我々は、

「人間関係の修復」

ということを越え、

 

自分の心の深くにある

「自己嫌悪」と「他者不安」を

緩和、解消することができる。

 

同時に、

こちらから

「すまなかった」

と謝ることによって、

相手もまた、

「自分こそ、すまなかった」

と謝りやすくなる。

 

そして、

そのことによって、

相手もまた、

心の奥深くにある

「自己嫌悪」と「他者不安」を

緩和・解消することができる。

 

 

なるほど・・・

 

自分から謝ることによって、

自分の「自己嫌悪」「他者不安」

だけでなく、

 

相手のそれも、

緩和・解消できるんですね!

 

だから、

「雨降って地固まる」

ではないですが、

 

ぶつかったことが、

お互いの絆を深めることに

繋がるわけです(^^)

 

それには、

もう一つの理由があるといいます。

 

 

それは、

ぶつかったあと、

お互いに心を開き、

謝り、和解すると、

「深層心理」の世界に

「受容感覚」が

生れるからである。

 

すなわち、

「相手が自分を

受け容れてくれるという

安心感」

が生れるからである。

 

 

「受容感覚」?

どういうことでしょうか。

 

 

なぜなら、

人間同士、ぶつかる前は、

いかに表面的に

良好な関係を築いていても、

 

心の深いところに、

「相手は、

自分の欠点が出たとき、

それも含めて、

受け容れてくれるだろうか?」

 

との不安があるからである。

 

しかし、

たとえ、お互いの

「小さなエゴ」がぶつかり、

お互いに心が離れ、

相手を批判や非難し、

心を閉ざしても、

 

それでも、

お互いに心を開き、

謝り、和解するという

心のプロセスを

辿ることができると、

 

心の深いところに、

「相手は、

自分の欠点や未熟さを含めて、

受け容れてくれた」

という安心感が生まれ、

「受容感覚」が生まれる。

 

そして、

我々は、誰もが、

心の奥底で、

自分自身の欠点や

未熟さを知っており、

 

それゆえ、

心の深層で、

相手や周りの人々に対して

 

「自分の欠点や未熟さを含めて、

認め、受け入れてほしい」

 

という密かな願いを持っている。

 

お互いにぶつかった後の

和解に伴って生まれる

「受容感覚」が、

お互いの人間関係を、

さらに深いところで

結びつけるのは、

それが理由である。

 

 

なるほどです(^^;

 

ぶつかった後に

和解ができたということは、

 

お互いの欠点や未熟さを、

受け容れたということですから、

 

虚勢を張らなくても、

よくなります(^^;

 

自分の弱さや至らなさ、

ホンネの部分も、

出しやすくなるかもしれません。

 

ラクになります(^^;

 

ただ・・・

 

やっぱり、利害関係や打算が絡む、

「職場」の中だと、

 

「受容感覚」を感じられるというのは、

難易度が高いかもしれません。

 

そもそも、

今どきの職場は、

感情を出して、ぶつかるということが、

(少なくとも表面上は)

あまりないような気がしますので、

「和解する」ということもない。

 

だから、絆が深まらないのかも(^^;

 

ちなみに、

田坂さんは、

最も深い「受容感覚」を感じられる場は、

「家族」だといいます。

 

 

永い年月、

一つの屋根の下に住み、

生活を共にし、

お互いの人間としての

欠点や未熟さをさらけ出し、

「小さなエゴ」

がぶつかり合う、

家族という存在。

 

それは、まさに、

「家族は、

自分の欠点や未熟さも含めて、

受け容れてくれている」

という意味で、

本来、最も深い

「受容感覚」を感じられる場に

他ならない。

 

 

もっとも、

家族といえども、

 

ぶつかったあとで、

自分から謝ることができなければ、

「自己嫌悪」と「他者不安」の解消、

すなわち、

「受容感覚」はなかなか得られない。

 

「言わなくても分かるだろう」

という甘えは通用しないわけであって(^^;

 

妻とぶつかった後には、

自分から声をかけ、謝る・・・

(難易度高めですが)

 

ウチの場合の、

「安心・安全の場づくり」

は、まずはそこから・・・か(^^;

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回もこの本の紹介を続けます(^^;

 

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

もうすぐ資格試験を受けるので、

その追い込みで、

なかなか遠出ができず・・・

 

鶴見川沿いの道と街並み

 

せめて、

近所の鶴見川で、

ぼお~っと息抜き(^^)

 

たしかに、近年まれにみる、

水量の少なさですね💦