ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
田坂広志さんの、
から、
私の印象に残った箇所を、
紹介・解説しています(^^)
前回、
田坂広志さんが大学院時代に、
教授から、
「君は、可愛気が無い」
と言われ、
そこから、
「心の中で自分の非を認める」
ことの大切さを学んだという
エピソードを紹介しましたが、
今回は、
「自分から声をかけ、目を合わせる」
ということを紹介します。
こちらも、
田坂広志さんの若かりし頃の
エピソードが語られています。
企画会議で、
同僚のA君と意見が食い違い
議論が白熱。
思わず感情的になってしまい・・・
そうしたときには、
会議が終わった後は、
相手の顔もあまり見たくない
気持ちになり、
夜、帰宅の道を歩みながらも、
その会議での
やり取りが思い起こされ、
不愉快な気分が
心を占めることもあった。
私も若い頃は、
こういうことがよくありました(^^;
もっとも、
最近は、そんなにはないのですが、
それは、
成長したからというよりも、
そこまで本気で議論する熱量が
なくなってしまったからかも
しれませんが(^^;
そして、
そのような日の翌日は、
朝起きると、
やはり、
昨日の会議のことが
頭に浮かび、
同僚とのやりとりに
自己嫌悪を感じ、
しばし不愉快な気分に
浸されるのだが、
不思議なことに、
しばらくすると、
あのY教授の言葉が、
その弟子に対する
温かい眼差しとともに、
心に浮かんでくるのだった。
「君はね・・、
可愛げが無いんだよ・・」
すると、
これも不思議なことに、
体の奥深くで、
自分の非を認める
「可愛げのある心」、
「しなやかな心」が動き出し、
こんな気持ちが
湧き上がってくるのだった。
「そうだな・・。
同僚のA君も、A君なりに、
このプロジェクトの
ことを考えて、
ああ言っていたんだな・・。
自分は、それを、
もう少し
理解してあげるべきだった・・」
そうですね・・・
翌日になると、
自己嫌悪とともに、
「自分にも非があったな・・・」
と思えてくることが、ある(^^;
そして、
こうした気持ちになり、
自分の「非」を
認める気持ちになってくると、
自然に、
心の奥から、こんな思いが
浮かんでくるのだった。
「そうだな・・。
今日、会社に行って、
A君と会ったら、
こちらから声をかけよう。
そして、
昨日のことを謝ろう・・・」
そう思い定めて出社すると、
廊下の向こうから、
A君が歩いてくる。
そのA君、
自分に気がつくと、
顔を合わせるのも気まずそうに
歩いてくる。
こちらも、
やはり、昨日のことがある。
A君と目を合わせるのは、
どこか気まずい。
それでも、
彼が近づいてきたタイミングで、
目を合わせることが
できなくとも、
心の中から絞り出すように、
声をかけた。
「A君・・・、
昨日は、すまななったな・・・。
自分が、少し言い過ぎた・・」
これは、
著者の若き日の未熟さを示す、
恥ずかしい話だが、
こうした形で声をかけることが、
当時の著者にとって、
「こころの修行」であった。
田坂広志さんほどの人でも、
若き頃には
目を合わせることはできなかった(^^;
ただし、それはできずとも、
「自分から声をかける」ことはできた。
それだけでも、すごいことです!
実際は、なかなかできませんよ(^^;
少なくとも、私は、
気まずい関係になった時に、
自分から声をかけたり、
ましてや、
自分の非を認める
発言をしたことは・・・
・・・う~ん、
すぐには思い浮かばないのが
つらい(^^;
「まあ、時が解決してくれるか・・・」
と寝かしてしまうタイプかも
しれません(^^;
ちなみに、飲みの席で、
部下と激しい口論になった時、
翌日、部下から、
「昨日は言い過ぎました・・・
申し訳ございません」
というメールをもらったことはあります。
もちろん、
「私も言い過ぎました・・・」
と返信はしましたが、
それは、
私のほうから発信してもよかったわけです。
部下のほうが大人でした(^^;
こんなエピソードも、
紹介されています。
著者は、若き日に、
ときおり、
母と厳しく意見がぶつかり、
心がぶつかることがあった。
いま振り返れば、
それは、
私の未熟さゆえの出来事であり、
苦労をして自分を育ててくれた
親に対する感謝の無い姿が
原因であったのだが、
母もまた、
息子に対する
深い愛情を持っていたがゆえに、
人間として
筋の通らないことには、
毅然として
厳しい言葉を語る人物であった。
当時、こうした形で、
母と心がぶつかったとき、
私の心の中では、
「納得できない!」
という気持ちが渦巻き、
その不愉快な気分のまま外出し、
しばらくして、
その気分をもう一度、
母にぶつけようと、
外から電話することがあった。
この意地になる気持ち、
わかりますね~
当然のことながら、
母も生身の人間、
感情もある人間、
息子の筋の通らない
理屈や理不尽な言葉に、
腹が立たなかったわけでは
ないだろう。
心が波立たなかったわけでは
ないだろう。
しかし、
こうした衝突の後、
私が母に電話をすると、
電話に出た母が、
最初に口にするのは、
必ず、次の一言であった。
「広志・・、
すまなかったね・・」
(中略)
母は、
私から電話があったっとき、
必ず、自分から、
「すまなかったね・・」
と語った。
自分に非がないときでも、
「すまなかったね」
と語った。
そして、
深い思いの込められた、
この母の言葉を聞くと、
私は、いつも、
固まってしまった自分の心が、
静かに溶けていくことを
感じていた。
・・・実は、私の母親も、
毎回ではないにせよ、
私とぶつかったあとに電話で話す時の、
第一声は、
「すまなかったね・・・」
ということが多いです。
私は子供がいないのですが、
もし子供がいたら、
自分から、第一声で、
「すまなかったね」
と言えるだろうか・・・
・・・う~ん、
自信がない。
まだまだ未熟者ですの~(^^;
***********************************************
今回も最後までお読みくださいまして
有り難うございました😊
次回もこの本の紹介をする予定です(^^;
***********************************************
おまけ写真集(^^;
近所散策。
ひのきの森で、
ちょっと瞑想・・・
昔の神社跡の石碑。
神々しい光が差していました。
竹林はやっぱり美しいですね。
鶴見川で野鳥をみながら、
動禅(のまねごと)
等々力不動尊、
に立ち寄り。
早く渓谷復活しないかな。
高取山。
山頂の鉄塔に登ると、
絶景!が待っています(^^)
東京方面を望む・・・
仏果山頂の仏像群。
低山ですが、
鎖場ルートもあってスリルを味わえます!
私の大好きな山です(^^)
(ただし、夏季はヒルに注意(^^;)










