ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

出張中のため、

書き溜めたブログになります(^^;

 

今回紹介する本は、

思想家、内田樹さんの最新刊!

 

勇気論

 

 

内田樹さんの本は、

いろいろと示唆を与えてくれるので、

周期的に読みたくなるのですが、

 

今回のきっかけは、

たまたまネットを見ていたら、

新刊の情報が配信されていまして、

 

その、タイトルが、

「勇気論」

 

「勇気・・・」

何故か惹かれるものがありました。

 

今、考えると、

おそらく、

「最近の私、

何だか勇気が足りてないな~」

という自覚があったからではないかと

思うのですが(^^;

 

そんな私、

読み進めると、

「なるほどな~」と思える箇所が、

いくつもありました。

 

この本は、

古谷俊勝さんという名編集者の方との

往復書簡という形で

展開するのですが、

 

まずは、

冒頭の部分から、

 

内田先生は、

「勇気とは、孤立を恐れないこと」

であるが、

今は、その、

「勇気を持て」という教えが、

後退しているといいます。

 

何故なのでしょうか。

 

 

・・・その場の

思いつきで

「少年ジャンプ」

のせいかなと答えました

(集英社さん、ごめんなさい)。

 

「少年ジャンプ」

が作家たちに求めた

物語の基本は

「友情・努力・勝利」

でした。

 

最初に「友情」が来ます。

 

でも、

友情と勇気は

相性が悪いんです。

 

 

「少年ジャンプ」のコンセプトが、

「友情・努力・勝利」だというのは、

よく知られた話ですね。

 

私は、このコンセプト、

嫌いではないです。

 

「少年ジャンプ」は、

このコンセプトを外さないからこそ、

今まで多くの少年少女たちに、

支持されてきたと思いますが・・・

 

友情と勇気は、

相性が悪い?

 

 

友情というのは

理解と共感に基づいて

成立するものです

(とりあえずそう

信じられている)。

 

友情を豊かに享受している人は

周りの人たちに理解され、

共感され、支援されます。

 

ぜんぜん孤立していない。

 

でも、勇気というのは、

周りからの理解も共感も支援も

ないところから

なにごとかを始めるために

必要な資質です。

 

ですから、

「すべてはまず友情から始まる」

という世界には

「孤立を恐れない少年」

の居場所がありません。

 

 

なるほど・・・

 

「友情」というのは、

まず、それありきで考えてしまうと、

「孤立」を恐れることになってしまう。

 

理解や共感や支援を得たいがための

「友情」だと、

けっきょく、忖度してしまい、

周りの空気を読むことや、

同調圧力に従うことになりがち、

というわけですね。

 

考えて見ると、

私の学生時代が、そうでした・・・

 

何より、孤立を恐れていたかも。

 

いや、今でも?

 

 

勇気が最優先の

徳目だった時代に、

それに続く徳目は

「親切と親切」でした

(と思います。

個人の感想ですけれど)。

 

1950年代60年代の

少年たちには

「勇気・正直・親切」

が求められた。

 

とりあえず、

僕が読みふけっていたマンガでは

そうでした。

 

 

1950年代60年代に、

「勇気・正直・親切」

その中でも、

孤立を恐れない「勇気」が

特に求められたのは、

 

内田先生いわく、

 

戦前戦中時において、

大人たちが、

自分が「正しい」と思ったことを

口に出さず、

 

大勢に流されて、

ついには亡国の危機を招いてしまった

反省からではないか、

と、この本には述べられています。

 

なるほど・・・

それはあるかもしれません。

 

「少年ジャンプ」のコンセプト、

「友情・努力・勝利」

に対して、

 

1950年代60年代のマンガは、

「勇気・正直・親切」

 

この本を読み進めると、

この「勇気・正直・親切」

ということが、

 

実は今の時代にも、

大切であるということが、

腑に落ちてきます。

 

この本の最後の部分になりますが、

印象的な箇所があります。

 

 

いま、日本だけでなく、

世界のどこでも、

「いじめ」やDVや

レイシストや民族主義者の

暴力が

猖獗(しょうけつ)を

きわめています。

 

この暴力を駆動しているのは、

ぎりぎりまで削ぎ落すと、

 

「理解も共感もできない

他者を前にした時の

不快に耐えられない」

弱さだと僕は思います。

 

「他者の他者性に耐えられない」

というのは、

「孤立に耐えられない」

のと同じことです。

 

暴力をふるう人たちは、

他者を「理解すること」

「共感すること」

にあまりに性急なんです。

 

それは簡単に

手に入るものだと思っている

(そんな訳ないのに)。

 

だから、すぐに

「理解できない」

「共感できない」

と決めつける。

 

 

なるほど・・・

 

ググれば、

すぐに正解が出てくる時代、

 

「理解」「共感」に対して

性急すぎるというのは、

あるような気がします。

 

たしかに、

他者を「理解」「共感」

するのは難しいことです。

 

だから、

すぐに諦めてしまったり、

 

逆に、とりあえず、

「理解」「共感」したふりをする、

ということもあります。

 

河合隼雄さんが言っているように、

実は「人を理解する」

ことは、命がけのことなんですね。

 

それを、

安易に、わかったふりをする。

 

これは、

「勇気・正直・親切」

の「正直」に反しますね(^^;

 

自戒を込めて。

 

 

孤立に耐えることの

できる人は

他者の他者性に

耐えることができる。

 

理解も共感もできない他者を

前にした時に、

 

それを

「人間でない」とか

「忌まわしいもの」

とかいうふうに

ラベルを貼って分類して、

処理することを自制して、

 

しばらくの間の

「判断保留」に

耐えることができる。

 

人間の暴力を駆動しているのは

「何だかわからないもの」

に対するこの

嫌悪と恐怖なんです。

 

あらゆる戦争も、

差別も、ジェノサイドも、

起源までたどると、

 

「他者が他者であることの不快」

に耐えられない

人間の弱さにたどりつきます。

 

 

「何だかわからないもの」

に対する嫌悪と恐怖。

 

暴力は、

「恐れ」からくるわけです。

 

この恐れをなくす、

ということは・・・

実際、難しいのですが、

 

では、軽減させるには?

 

過去ブログにも、

何回か書きましたが、

 

自分の中にもある、

「何だかよくわからないもの」

に対して、

受容的になることだと私は考えます。

 

つまり、

「自己受容」ですね。

 

「他者受容」の前に、

まずは、

「自己受容」(^^)

 

 

勇気とは

この弱さとまっすぐに向き合い、

自分を少しずつ強くするための

足場です。

 

他者が他者であることに

耐えることのできる力です。

 

この力を僕は

勇気と呼びたいと

思っているのです。

 

 

自分の弱さを

しっかりと見つめる。

 

そして、あせることなく、

そのままの他者を受け止める。

 

他者はなかなか理解できない

ということを

前提としながらも、

 

その中でも、

少しでも分かろうとする

姿勢は忘れずにいる。

 

難しいことですが、

心がけていきたいです😊

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回もこの本の紹介を続ける

予定です!

 

 

 

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おまけ写真集(^^;

滋賀県版!

 

 

 

いざ、彦根城へ!

 

 

 

動かない、ひこにゃんと(^^;

 

 

 

駆け足で玄宮園。

 

 

 

彦根の天寧寺。

五百羅漢さま、圧巻でした・・・

 

映画「関ケ原」の撮影でも使われたそうです。

隠れたおすすめスポット!

 

 

 

巨大布袋さま(^^)

 

 

 

彦根の街が一望できました!

 

 

 

多賀大社。

 

 

 

おおっ、美しい!

 

 

 

拝殿から本殿まで、

奥行きがありました。

 

うわさにたがわぬ、

美しい大社でした!

 

 

 

湖東三山のひとつ、

西明寺。

 

 

 

苔がもりもり。

 

 

 

庭園を抜けると、

おおっ、

国宝の本堂と、三重塔が!

 

 

 

本堂内では、

丁寧に解説もしていただけます。

 

自然と一体化した、

とても美しいお寺でした(^^)

 

 

 

一度行ってみたかった佐和山城跡。

 

 

 

石田三成公。

 

 

 

本丸跡から彦根城方面を望む・・・

 

 

 

これは、佐和山城天守閣!

(の復元ミニチュア模型(^^;)

 

 

 

石田三成公。

地元で愛されている様子がうかがえます。

 

きっと善政を敷かれていたんだろうなあ~。

 

(滋賀県版、次回も続きます)