ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

5月の長期出張から

ようやく帰ってきました。

 

と思ったら、

6月もまた、れっつごう!

 

ということで、

再び、出張の旅に出る私でございます(^^;

 

今回紹介する本は、

直木賞作家、

白石一文さんの小説で最新作!

 

Timer 世界の秘密と光の見つけ方

 

 

白石一文さんは、

新刊が出ると、私はすかさず

ハードカバーで買っていた

作家さんなのですが、

 

ここ数点は、

買っていませんでした(^^;

 

今回、タイトルやキャッチコピーにも

惹かれたので、

久しぶりに読ませていただいたのですが・・・

 

いやあ~

やっぱりすごいですね!

 

この世界観は、

深遠すぎて、一度読んだだけだと、

なかなか深く味わえないかもしれません(^^;

 

難解な部分もありますが、

そこは白石一文さん、

抜群のストーリーテーリングで、

ぐいぐい物語の世界に引き込まれます。

 

白石一文さんの作品は、

私なりに分類すると、

 

1、人情や男女の機微を繊細に描く作品

2、強者を描くようで実は弱者に寄り添う作品

3、社会問題に鋭く切り込んでいく作品

4、スピリチュアルで摩訶不思議な作品

5、SF風味な作品

 

となります。

(ちょっと強引?)

 

もちろん、グラデーションであって、

どれかひとつの要素だけという

作品はないのですが、

 

この作品は、どちかかといえば、

3、4、5、

 

特に、

5、SF風味な作品

の要素が強いです!

 

ちょっとだけ、

あらすじを紹介しますと・・・

 

老夫婦、

82歳の男性(カズマサ)と

89歳の女性(カヤコ)が

主人公なのですが、

 

この物語の世界では、

Timerという装置を装着すると、

何と、老化のスピードが、

格段に落ちるのです!

 

Timerを装着したカヤコは、

そのおかげで、

89歳とは思えないほど、

若々しく見えるのですが、

 

ただし、

そのTimerには、

大きなリスクがあります。

 

一度、その装置を装着すると、

89歳の最後の日には、

必ず死が訪れるのです。

(つまり90歳以上になることはない)

 

Timerの秘密を知りたくなったカヤコは、

開発者の博士を捜すために、

カズマサと二人で動き始め、

やがて禁断の地へ向かうのですが・・・

 

と、

あらすじはこのくらいにしておきます(^^;

 

途中で、

巨大な「豚」が、爆発して、

大惨事になるという摩訶不思議な事件が、

世界中で頻発したり、

(これには実は、

れっきとした理由があるのですが)

 

「豚」といえば、

中島らもさんの、

ガダラの豚という、

これまた、

すごい印象の作品がありましたが・・・

 

・・・さておき、

 

Timer 世界の秘密と光の見つけ方

 

に戻りまして(^^;

 

白石一文さんらしい、

物事を突き詰める、

思索的な箇所を引用します。

 

82歳の主人公、

カズマサが語ります。

 

 

人間というのは

物心がついた時点で、

ふたりの自分に分裂する。

 

実人生を悪戦苦闘しながら

歩んでいく自分(車)と、

 

そういう自分を

観察する自分(運転手)だ。

 

この二役を僕たちは

死ぬまで同時にこなしつづける。

 

ふたりとも

与えられた肉体のなかにあるので、

車と運転手のように

ときどき分離することは

かなわない。

 

いまの僕みたいに

車体(脳)が壊れてくると、

それを修理して、

かつてのように上手に

記憶の糸をたぐり寄せる機能を

回復させるには、

ほとんど不可能ということに

なってしまう。

 

僕はいわゆる認知症なのだろう。

 

 

ふたりの自分、

 

・実人生を歩んでいく自分=脳=車

・それを観察する自分=運転手

 

のたとえは、

イメージしやすいですね。

 

車体(脳)が壊れてくるのが、

認知症というのは、

実際そうなのかもしれません。

 

「観察する自分」

に関して、

興味深い「夢」の話も、

出てきます。

 

 

仮に自分という

主語のある夢でも、

半分以上の夢は、

それを観察しているだけだ。

 

たとえば

ライオンに追いかけられる

夢を見たとして、

 

襲われる自分に完全に同化して、

実際にライオンに襲われたとき

(そんな経験はほぼありえないが)

と同じような恐怖を

感じることもあるが、

 

大体はそうやって

逃げ惑う自分自身を

外側からハラハラしつつ

眺めていることが多い。

 

この場合、

正しくは

「ライオンに追いかけられる夢」

ではなく、

「ライオンに追いかけられている

自分を見ている夢」

ということになる。

 

 

たしかに、

言われてみれば、

 

夢って、

自分が体験しているというよりも、

体験している自分を見ていることのほうが、

多いような気がします。

 

 

こんなふうに

夢の話ひとつとっても、

よくよく思い巡らせていると、

 

―そもそも自分とは何だろう?

 

と不思議な心地になる。

 

人間のなかには

ふたりの自分がいて、

それは車と運転手のようなものだ

と言ったけれど、

 

車の方はともかく

運転手の方は

「自分」とは称しても、

その実態は曖昧模糊としている。

 

現実を生きる

「自分」を観察する

もうひとりの

「観察者としての自分」

という点では

一般化できるけれど、

 

じゃあ、その

「観察者」は具体的に

どんな人(自分)なのかと

問われれば、

 

それに答えるには

「観察者」を観察しているさらに

「もうひとりの観察者」

というものを

用意しなくては

ならなくなったりする。

 

要するに

合わせ鏡のような堂々巡りに

陥ってしまうのだ。

 

 

「観察者」って

いったいどんな自分なんだろう?

 

「観察者を観察している観察者」

とはいったい何なのか?

 

う~ん・・・

 

 

こんな歳まで生きながらえて

ようやく分かってきたのだが、

 

僕たちの脳内で

絶え間なく起きている

意識現象は、

 

睡眠時だけでなく

覚醒しているときであっても、

 

僕たちをうっちゃった状態で

勝手にさまざまな想念を

生み出しているようだ。

 

 

これは、

「無意識」の働きでしょうか。

 

 

むろん、

それを観察する自分は

存在するのだろうが

(しかし、

彼は非常に忘れっぽい)、

 

その自分は、

「自分らしさのない

一般的な自分」

(AさんとかBさんとか

Cさんとかの区別のない自分)

で、

 

僕たちが

「そう信ずるところの自分自身」

とはちょっと違うものなのだ。

 

 

「観察する自分」

とは、固有名詞のあるもの、

つまり「自我」ではなく、

 

しかも、

「仮面を剥いだ自分らしい自分」

という訳でもない、

 

ということでしょうか。

 

では、

「観察する自分」とは

いったい何なのでしょうか・・・

 

次回も、

82歳の主人公、

カズマサの語りを引用しながら、

 

さらに考察を深めていきますね(^^;

 

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回もこの本の紹介をします!

 

 

 

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おまけ(^^;

 

長期出張で休みの日もあったので、

たくさん観光できました!

 

 

 

三重県、津城址。

 

 

 

津市の四天王寺。

信長の実母のお墓などがありました。

 

 

 

津観音、日本3大観音だそうです!

 

 

 

美しい五重塔。

 

 

 

伊勢の猿田彦神社。

立派な社殿でした!

 

 

 

志摩の風景、美しかった・・・

 

 

 

志摩の「天の岩戸」

 

ここ、鈍感な私でも、

何か感じるものがあるパワースポットでした!

 

 

 

石山観音公園、

穴場スポット!

 

 

 

岩盤に掘られた仏様が、

たくさんいらっしゃいました!

 

 

 

 

見ごたえあり!

 

森林浴もできる癒しスポット、

おすすめです!

 

 

 

津市のルーブル彫刻美術館。

 

 

 

すべてレプリカでしたが、

なかなか見ごたえありました!

 

 

 

隣の大観音寺。

 

 

巨大な観音様。

大迫力でした!

 

 

おつきあいいただき、

有り難うございました(^^;

(次回に続きます)