ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
歴史学者・哲学者、
ユヴァル・ノア・ハラリさんの、
世界的なベストセラー
の内容から、
私の印象に残ったところを、
紹介・解説しています。
今回で4回目(^^;
今回から(下)巻の内容になります。
人類は、
必ずしも幸せになったとは言い切れない、
「農業革命」を経て、
やがて、
グローバル化を押し進める
「帝国主義」の時代になるわけですが、
そのあたりは割愛しまして、
今回は、
「宗教」に対しての「自由主義」、
そこから派生した
「資本主義」というものを、
本書から引用しながら、
考察していきたいと思います。
「自由主義」は、
人間の感情こそが、
道徳的権威だといいます。
どういうことでしょうか。
自由主義者にとって、
道徳性は
神や聖典や国法への
服従ではない。
むしろ、
自由主義の道徳性は、
苦しみからの解放を意味する。
たとえば、
自由主義者が殺人を犯さないのは、
古い書物あるいは
新しい法律が
殺人を禁じているからではなく、
殺人が途方もない苦しみを
与えるからだ。
(中略)
逆に、
もしある行為が
誰にも苦しみを
もたらさないのなら、
どんな神や政府が
何と言おうと、
自由主義者はそれを
犯罪だとは思わない。
なるほど・・・
例として、本書では、
同性愛が挙げられています。
中世ヨーロッパの
キリスト教世界では、
タブーでしたが、
今日の自由民主主義社会の多くでは、
問題なく受け入れられています。
要するに、
自由主義の道徳性の
モットーは、
「もしそれで
気持ちが良いのなら、
そうすればいい!」だ。
何かが気持ちよく感じられ、
それが他の誰をも
害さないのなら、
それはよいことなのだ。
そうですね。
宗教に縛られた
中世の理不尽な時代より、
それはそれで、
ずいぶん生きやすくなりました(^^)
自由主義は、
経済にもおおいに
かかわってくる。
経済の領域では、
自由主義は自由市場の原理を
擁護する。
「有権者がいちばんよく
知っている」
と自由主義の政治が言い、
「もしそれで
気持ちが良いのなら、
そうすればいい!」
と自由主義の倫理が
断言する一方、
自由主義の経済は、
「顧客がつねに正しい」、
顧客の欲望よりも
高次の経済的権威はない、
と主張する。
顧客の欲望を
何よりも重視する
自由主義経済の考え方は、
「資本主義」の発展に、
密接に関わってきます。
では、
その「資本主義」の原則とは?
資本主義の第一の原則は、
経済成長は至高の善である。
あるいは、
少なくとも
至高の善に代わるものである
ということだ。
なぜなら、
正義や自由や
さらには幸福まで、
すべてが経済成長に
左右されるからだ。
「資本主義」は、
常に「経済成長」が求められ、
それが、
人類の「幸せ」にも結びつくという
考え方ですね。
既存の宗教に代わって、
今のグローバル社会を覆う、
実質的な宗教が、
「資本主義」
だと、ハラリさんはいいます。
この新しい宗教は、
近代科学の発展にも
決定的な影響を
与えてきた。
科学研究には、
通常、政府か民間企業が
資金を提供する。
資本主義下の政府や企業が
特定の科学プロジェクトへの
投資を考えるときに、
最初に問うのはたいてい、
「このプロジェクトは、
生産性と利益の増加を
可能にするだろうか?
経済成長を
生み出すだろうか?」だ。
そうですね。
今日でいうと、
政府や民間企業が、
成長の見込めるDXやAI、
バイオの分野に
投資をしているのは、
こういうことですね。
「資本主義」と「科学」は、
両輪で発展してきたことが、
本書では、
詳しく述べられているのですが、
しかし、
行き過ぎた資本主義には、
いくつかの問題もあるわけであって・・・
特に「格差」や「倫理」、
「環境問題」などは喫緊の課題です。
これらの危機感から、
たとえば、
世界的なSDGsの動きがあり、
私も個人的にその理念には
大いに賛同するのですが、
ただ、企業で実践する場合、
余裕のある一流企業ならともかく、
一般的な企業では、
なかなか優先順位を高められない、
表面的なお題目になってしまっているのが、
現実のような気もします。
ハラリさんは、
「資本主義」と「消費主義」は、
表裏一体だといいます。
資本主義と消費主義の
価値体系は、
表裏一体であり、
二つの戒律が合わさったものだ。
富める者の至高の戒律は、
「投資せよ!」
であり、
それ以外の人々の
至高の戒律は
「買え!」だ。
「投資せよ!」「買え!」
という
「資本主義」
という名の宗教・・・
資本主義・消費主義の
価値体系は、
別の面でも革命的だ。
以前の倫理体系の大半は、
人々にずいぶんと
厳しい条件を突き付けてきた。
人々は楽園を約束されたが、
それは
思いやりと寛容さを養い、
渇望と怒りを克服し、
利己心を抑え込んだ場合に
限られた。
ほとんどの人にとって、
これはあまりに難しすぎた。
倫理の歴史は、
誰も達成できない
素晴らしい理想の
悲しい物語だ。
キリスト教徒の大半は
キリストを真似ず、
仏教徒の大半は
ブッダに倣えず、
儒者の大半は
孔子に癇癪を起させた
だろうような振る舞いを見せた。
そうですね・・・
伝統的な宗教の倫理体系は、
現実の生活を生きている私たちには、
なかなか守ることはできない。
が、果てなき欲望のストッパーの役割は、
担ってきたような気がします(^^;
それとは対照的に、
今日ではほとんどの人が
資本主義・消費主義の理想を
首尾よく体現している。
この新しい価値体系も
楽園を約束するが、
その条件は、
富める者が強欲であり続け、
さらにお金を儲けるために
時間を使い、
一般大衆が
自らの渇望と感情に
したい放題にさせ、
ますます多くを買うことだ。
これは、
信奉者が求められたことを
実際にやっている、
史上最強の宗教だ。
だが、
引き換えに本当に
楽園が手に入ると、
どうしてわかるのか?
それは、
テレビで見たからだ。
・・・最後は、
痛烈な皮肉ですね(^^;
私たちは、
キリスト教や仏教と言った、
伝統的な宗教の戒律は、
なかなか守ることができないのに、
「資本主義」という名の
宗教に求められていることは、
いとも簡単にやっている・・・
「自由主義」の、
快感原則を重視する考え方が、
常に経済成長を志向する
「資本主義」と合わさると、
消費に歯止めが利かなくなると
いうことです。
う~ん、
私自身振り返って見ると・・・
そんなに欲深いほうだとは、
思わないのですが、
でも、やっぱり、
消費欲、所有欲からは、
逃れられないわけでありまして・・・
たとえば、
セール品を見ると、
つい衝動買いをしてしまうことがありますし、
(その瞬間は得した気分でうれし~!)
本も、図書館で借りるよりも、
できれば自分のものにしたいし、
電子書籍よりも、
本棚に並べておきたい。
(もうスペースが無いのですが(^^;)
最近、若い人は、
カーシェアなどを
うまく活用しているようですが、
私は、やっぱり、
高級でなくても全然いいので、
車は自分のものとして所有したい。
(愛着が湧きますし)
やっぱ昭和世代ということも、
あるのでしょうか(^^;
物欲はなかなか捨てられません・・・
しかし、
感情の気持ちよさ、
すなわち、
快感原則に身を委ねていては、
際限がない・・・
どこまでいっても満たされない。
もちろん、
消費することの楽しみを、
捨て去る必要はないと思いますが、
資本主義・消費主義は、
戒律がゆるい一種の宗教である
ということ。
踊らされることのないよう、
「自覚」したいですね(^^;
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました。
次回に続きます(^^;
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おまけ写真集(^^;
近所、週末ウォーキングの旅。
新羽の西方寺。
茅葺屋根の素朴で美しいお寺です😊
何だか田舎に来た気分になれます。
足を延ばして・・・
久しぶりに、小机城址!
空堀。
後北条氏の遺構。
よく保存されています!
翌日も天気がめちゃくちゃ良かったので・・・
また、丹沢に、
山歩きに行っちゃいました(^^;
鍋割山山頂!
ああっ、絶景・・・
小田原方面の海。
ちょっと見えるのは伊豆大島でしょうか。
あまりにも快晴で、気持ちがいいので・・・
欲張って塔ノ岳まで足を延ばしました(^^;
相変わらず賑わっています。
山頂は、ほぼ360度パノラマ風景です!
ここからも、
絵画のような富士山🗻
塔ノ岳からは、
大山が見下ろせます!
相模平野と、小さく江ノ島も・・・
おかげさまで、
週末を満喫できました😊
ただ、欲張りすぎたのか、
いまだに疲れが取れませんが・・・😅















