ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
「人生」
についての
本の紹介が続きますが(^^;
今回からは、
勢古浩爾(せここうじ)さんの、
という本を紹介します。
勢古浩爾さんの本は、
特に30代のころ、よく読みました。
「人生論」的な
著作が多いのですが、
どちらかというと、
先に紹介したような、
トルストイさんの
人生論のような
高尚(?)な感じではありません。
勢古浩爾さんは、
いわゆる学者や作家ではなく、
ふつうの会社員として、
洋書輸入会社に
34年間勤務されていた方なんですね。
そのせいか、
等身大というか、
市井の人の目線で
ホンネを語っている感じがして、
とても共感できるのです。
(されど、内容的には、
本質を突いていてなかなか深いです・・・)
ちょっぴり毒舌なところも、
好きです(^^;
近年の著作ですと、
「定年後のリアル」
シリーズがベストセラーになっています。
私は、多くの本に影響を受けていますが、
たとえば、
という本は、
特に何度も繰り返し読みました。
似たようなタイトルの本で
有名なのは、
がありますが、
私は、個人的に、
勢古浩爾さんの
のほうが、
等身大な感じがして好きです(^^)
私は、割と早く、
就職した年にオヤジを亡くしたので、
どこかで、
オヤジを求めていたのかもしれません・・・
いずれ、
この本も紹介したいと思うのですが、
今回は、
比較的近著の、
のほうを紹介しますね。
この本、
タイトルがなかなか強烈です(^^;
人生の正解・・・
あれば、知りたいと思いますが、
しかし、この本は、
タイトルとは裏腹に、
なんと、
「人生に(唯一の)正解などない」
といっているんですね(^^;
ただし、
「正解」を「まっとう」
と言い換えればどうなのだろう。
「自分の人生は、はたして
正解(まっとう)だったのか?」
「自分はどのような人生を
よしとするのか」
つまり、
「自分はどんな人生が好きで、
どんな人生が嫌いか」
ということなら語れるだろう。
ということで、
勢古浩爾さんが、
「どのような人生をよしとするのか」
を色々な角度から紹介しながら、
私の考えも
述べていきたいと思います(^^;
かつては、
人生の標準モデルというものが
あったといいます。
わたしが大学を出た
五十年前には、
社会通念として
「正解な人生」
の一般的な標準モデルが
あった。
いい大学に入り、
いい会社に就職して、
結婚して、
子どもをふたりもち、
車を買い、
一戸建て(自宅)を買い、
定年まで会社を勤め上げる、
というやつである。
その上、
大病や事故や事件や災害は
一切勘定に入れず、
子供たちも立派に自立し、
定年後は
夫婦で好きなことをして
豊かに暮らす、
となればさらによろしい。
たしかに、
高度経済成長の頃などは、
このような人生を目指すべきだ!
という社会通念が
強かったと思います。
もちろん、今でも、
これは、ひとつの
「正解な人生」
かもしれません。
私は、
バブル崩壊後に入社したクチなので、
既に低成長時代に入っていたのですが、
そんな時代でも、
こんな人生になればいいな~と
ぼんやりと考えていたところは、
正直あります。
しかし、そうは問屋が卸さない(^^;
早くも、いくつかが欠けてしまっている
訳でして(^^;
そもそも、今の世の中、
これらをすべて満たしている人が、
はたして、どれだけいるのか。
そう考えると、
この社会通念に縛られ続けるのは
多くの人にとって、
苦しいわけですが、
今の時代は、
価値観が多様化しているので、
そういう意味では、
以前よりも、
生きやすい時代になったのかも
しれません。
(ただし、同調圧力というものは、
まだまだあるような気がしますが)
勢古浩爾さんが、
よく引用している、
吉本隆明さんの至言が、
この本でも紹介されています。
「結婚して子供を生み、
そして、
子どもに背かれ、
老いくたばって死ぬ、
そういう生活者を
もしも想定できるならば、
そういう生活をして
生涯を終える者が、
いちばん価値ある
存在なんだ。」
子どもに背かれ・・・
これ、執着がない感じで
いいですね(^^;
ふつう、
いちばん価値ある存在といえば、
世の中に対して、
多大なる貢献した偉人、
たとえば、
リンカーンとか、
ガンジーのような偉人、
今の日本だと、
稲盛和夫さんのような成功者を
連想しますが、
そうではないんですね。
いわゆる、
ふつうの生活者として
人生をまっとうすることが、
もっとも価値があるという
吉本隆明さんの至言に、
私は、ある意味、
衝撃を受けたのですが、
しかし、
こんな生き方をするのも、
今の時代、けっこう難しい・・・
私は、有り難いことに、
結婚は何とかできましたが、
子どもはできませんでしたし(^^;
勢古浩爾さんはこう述べます。
わたしはこれを
ほんとうのことだと
いまでも思っているが、
しかし現在では、
これはこのように
言い換えられる
べきであろう。
もしくは
そのあとに
このように付け加えられる
べきであると思う。
「なんの気負いも、
強がりも、
衒(てら)いもなく、
また卑下することも
恥じ入ることもなく、
人に誠実に対処し、
黙々と仕事に尽くし、
ひとりで恬淡(てんたん)として
生きるものがいるなら、
それは
価値ある生き方である」。
長いな。
キレもないが。
キレはないかもしれませんが、
深いです(^^;
同意します。
「なんの気負いも、
強がりも、衒(てら)いもなく、
また卑下することも
恥じ入ることもなく、
人に誠実に対処し、
黙々と仕事に尽くし、
ひとりで恬淡として生きる」
そうですね・・・
たとえ、
モノやお金、
結婚や子どもに恵まれても、
それがそのまま、
正解といえる人生に
直結するわけではない。
お金が人生を狂わせることもあるし、
結婚で不幸になることも
あるわけですから。
誠実に、黙々と、
恬淡として生きる・・・
大切にしていきたいです😊
---------------------------
・・・次回に続きますね。
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^;

