ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

ロシアの文豪

トルストイさんの歴史的名著、

 

人生論

 

 

で、私の印象に残っている箇所を、

紹介、解説しています。

 

今回で、最終回です(^^;

 

今回は、

 

「死んだ人々の生命は

どうなるのか」

 

という箇所です。

 

引用します。

 

 

わたしの兄が死んだ。

 

たしかに、

マユはからっぽになって

しまったし、

これまで見てきたような

姿の兄を見ることはない。

 

だが、

わたしの目から

兄が消えうせたことも、

兄とわたしの関係を

消滅させはしなかった。

 

わたしには、

よく言うように、

兄の思い出が

残ったのである。

 

思い出が残ったと言っても、

兄の腕や顔や目の

思い出ではなく、

兄の精神的な面影の

思い出である。

 

 

そうですね。

 

故人の姿かたちも、

もちろん記憶に残りますが、

それよりも、

精神的な面影の方が、

長く印象に残る気がします。

 

 

そして

この思い出は、

わたしの親友や兄の生命が

理性の法則に

合致していればいるほど、

そしてまたその生命が

愛のうちに

あらわれたことが

多ければ多いほど、

ますます

生き生きとしたものになる。

 

 

なるほど・・・

 

ちなみに、私は、

自分が就職した年に、

父親を亡くしたのですが、

 

いわゆる、

「昭和のオヤジ」で、

あまり器用なタイプでは

なかったですが(^^;

 

たしかに、今は、

父親のことを思い出すと、

 

「父親は、父親なりに、

精一杯、

私のことを愛してくれたんだなあ」

 

と感じることが多いです。

 

うちは、決して裕福な家庭では

なかったはずですが、

そんなことは、

子供に感じさせないように、

振る舞っていました。

 

かなり年月がたったので、

美化しているところも

多分にあると思いますが(^^;

 

 

この思い出は

ただの観念ではなく、

何か私に作用するものである。

 

それも、

地上の生存の間を通じて

兄の生命が

わたしに作用していたのと、

まったく同じように

作用するのだ。

 

 

故人の思い出が、

今、私に「作用」する。

 

「作用する」

ということ。

 

実感として、

わかる気がします。

 

ということは、

故人の精神は、

実は私の中に、

生き続けているのかもしれません。

 

 

それだけではない、

この目に見えない、

死んだ兄の生命は、

わたしに作用を

及ぼすだけでなく、

わたしの中にまで

入り込んでくる。

 

兄の独自の生きた自我、

世界と兄の関係が、

世界と私の関係に

なってくる。

 

まるで世界に対する関係を

確立するにあたって、

兄が自分ののぼった階段に

わたしを引っ張りあげようと

してくれるかのようであり、

 

わたしの独自な

生きた自我にとって、

兄がわたしの目から

姿を隠したあとも、

なおわたしを引っ張りながら、

すでに到達した次の段階が、

いっそうはっきりしてくる。

 

 

私の中まで入り込んでくる・・・

 

私を引っ張りあげようとする・・・

 

これは、

親しかった故人だけではなく、

故人が書いた本を読んだり、

その人の生き様を知ることで、

感じることがあります。

 

まさに、この本もそうですが(^^;

 

この本にも述べられていますが、

偉人といわれる人、

中でも、やはり、

イエス・キリストを思い浮かべます。

 

 

キリストは

ずっと以前に死んだ。

 

彼の肉体的生存は

短かったし、

その肉体的な個我について

われわれははっきりした

観念を持っていない。

 

だが、

彼の理性と愛の生命の力、

すなわち、

ほかのだれのでもない、

世界と彼自身の関係は、

いまだに、

世界に対する彼の関係を

受け入れて、

それによって生きている

何万人もの人々に

作用しているのである。

 

 

キリスト教に限らず、

仏教にしても、ヒンズー教にしても、

長年の間、

多くの人々に「作用」し続けている

伝統的な宗教は、

やはり、何か、

本質的なものを

含んでいるのではないかと

いう気がします。

 

私は、特に、

遠藤周作さんの描く、

イエス・キリスト像というものが、

印象深いのですが、

その存在は、心の中で、

ずっと「作用」しています。

 

遠藤周作さんの作品に関しては、

私の過去ブログで

いろいろと紹介していますので、

よかったら、覗いてみてください(^^;

 

引用、続けます。

 

 

わたしの兄の死んだのが

昨日であろうと、

千年前であろうと、

 

その一時的な

肉体の生存の力の、

目に見える中心は

わたしの視界から消えてしまった

にもかかわらず、

 

その肉体的生存の間

ずっと作用していた

生命の力そのものは、

わたしや、何百人、

何千人、何百万人という

人々のうちに、

いっそう強く作用しつづけて

いるのである。

 

 

ここでいう

「生命の力」

とは、

すなわち、

「愛」のことだと思います。

 

 

私が、私の父から受け継いだ、

生命の力・・・

 

私が、遠藤周作さんから受け継いだ、

生命の力・・・

 

私が、トルストイさんから受け継いだ、

生命の力・・・

 

リレーしているんですね。

 

もしかしたら、

皆さまにも。。

 

 

 

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以上、

4回にわたって、

ロシアの文豪、トルストイさんの名著、

 

人生論

 

 

を紹介、解説してきました。

 

内容的にはすごく深いので、

私の理解力、力量では、

なかなか本質が捉えられず、

うまく伝えられなかったかもしれません(^^;

 

本書は、

けっして平易な内容ではありませんが、

文章自体は、

それほど難解ではありませんので、

ご自身で、ご一読されることをオススメします。

 

何だか、少し、

精神的に高みに登れたような

感覚になりますよ(^^)

 

理屈っぽい文章に抵抗がある方は、

物語(民話)でも味わえます。

 

 

人はなんで生きるか 他四篇(民話集)

 

イワンのばか 他八篇(民話集)

 

短編で、平易な文章で書かれているので、

気軽に読めます(^^)

 

私は、

「ああ、心が汚れちまった・・・」

と感じる時、

たまに、読み返します。

 

ロシアの民衆の

素朴な愛を感じられますよ😊

 

過去ブログでも、少し取り上げました。

 

 

よかったら、ご覧ください(^^;

 

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回は、

別の本を紹介します。

 

 

 

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ぼくも、リレーしてるのかな・・・💤