ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回から、

遠藤周作さんの小説、

深い河

 

 

を紹介、解説しながら、

私の感じたことも

述べていきたいと思います(^^)

 

この小説は、

遠藤周作さんの集大成ともいえる、

代表作の一つです。

 

私の持っている文庫版(旧版)は、

初版が1996年ですので、

私が20代の頃、読んだ小説ですが、

それ以来、何度か再読している

数少ない本の中の一つです。

 

そして、この本こそ、

若い頃には、

なかなか深いところまでは味わえない(^^;

 

ある程度、人生経験を重ねてこそ、

心に沁み入る度合いが高まっていく

小説だと感じます。

 

この小説は、

複数の登場人物が、

何が見えない力に導かれるようにして、

インドをめぐる旅に参加するという

ストーリーなのですが、

簡単に主な登場人物を紹介しますと、

 

妻に先立たれ、

妻の生まれ変わりを探すことになる、

昭和気質の男、磯部。

 

知的だが、いつも何か満たされない、

心に空虚さを抱えている、

そして、大津を弄んだことのある女。

成瀬美津子。

 

童話作家で、

少年時代や大病を患ったときに、

動物や鳥に救われた経験を持つ男、

沼田。

 

ビルマ戦線で、

壮絶な体験を経て生き延びた男、

木口。

 

そして、

キリスト教徒だが、

お人好しで、不器用すぎるため、

教会の世界でうまく立ち回れない男、

大津・・・

 

それぞれが、

なかなか人に言えないような、

心の重荷や痛みを抱えながら、

生きてきた様子が描かれているのですが、

 

この小説の興味深いところは、

歴代の、遠藤周作さんの小説のテーマや、

登場人物のキャラクターが、

随所に反映されているところです。

 

たとえば、

小説「おバカさん」の主人公、

ガストンさんが出てきたり、

 

小説「わたしが・棄てた・女」

のテーマが含まれていたり、

(男女が逆になっていますが)

 

他にもいろいろありますが、

そういう意味でも、

遠藤周作さん小説の

オールスター的な感じがします(^^)

 

また、

遠藤周作さん自身の生涯も、

かなり投影されていると思います。

 

たとえば、

登場人物の沼田さんの、

捨て犬クロや九官鳥の話や、

大津さんの、

母親に対する思いなどは、

遠藤周作さん自身の体験が、

色濃く反映されていると感じます。

 

 

・・・では、

ストーリーのネタバレには

注意しながら(^^;

私が印象に残った箇所を、

引用していきたいと思います。

 

登場人物の一人、

大津さんは語ります。

 

 

「あなたから

棄てられたからこそ―、

 

ぼくは・・・

人間から棄てられた

あの人の苦しみが・・・

 

少しはわかったんです」

 

(中略)

 

「・・・ぼくは聞いたんです」

 

「聞いた?・・・何を?」

 

「おいで、という声を。

 

おいで、

私はお前と同じように

捨てられた。

 

だから私だけは決して、

お前を捨てない、

 

という声を」

 

 

あの人とは、

「イエス」のこと、

 

この声とは、

「沈黙」などでも出てくる、

神(イエス・キリスト)の

声なき声ですね。

 

なお、この小説では、

神のことを、

「玉ねぎ」といっています。

(この素朴な表現、好きです)

 

 

「神は存在というより、

働きです。

 

玉ねぎは

愛の働く塊りなんです」

 

(中略)

 

「だって玉ねぎは

ある場所で棄てられたぼくを

いつの間にか

別の場所で

生かしてくれました」

 

(中略)

 

「・・・善のなかにも

悪がひそみ、

悪の中にも

良いことが潜在している

と思います。

 

だからこそ

神は手品を使えるんです。

 

ぼくの罪さえ活用して、

救いに向けてくださった。

 

 

「玉ねぎは、愛の働く塊り」

 

「悪の中にも、良いことが潜在している」

 

そうですね~、

この小説でも、

登場人物は、それぞれ、

さまざまな苦悩を抱えている訳ですが、

ガンジス川に導かれる過程で、

徐々に救われていくんですね。

 

それは、たしかに、

「神の働き」だと思います。

 

遠藤周作さんの語る神は、

母性的、受容的だといわれますが、

私も、神(というか大いなる存在)の本質は、

そういうものだと考えます。

 

そして、神は、

遠藤周作さんが、「玉ねぎ」というように、

決して、キリスト教にだけ

存在するものではないと思います。

 

ありとあらゆるものに神は宿っている。

もちろん、自分自身にも。

 

私は、特定の宗教を

信じている訳ではないのですが、

仏教、特に浄土真宗の阿弥陀信仰は、

遠藤周作さんの考えに近いと感じます。

 

親鸞さんの語りを集めた、

「歎異抄」に、

 

「善人なおもて往生をとぐ、

いわんや悪人おや」

 

(意訳:善人でさえ救われるのだから、

悪人が救われるのはいうまでもない)

 

という有名な

逆説的なセリフがありますが、

 

この悪人とは、

犯罪者や極悪人というよりも、

「自分の煩悩(弱さ)を自覚している人」

を差すのだと考えます。

 

私たちは、

生きている限り、

煩悩は捨てられません。

 

人から傷つけられもしますし、

また、知らずして、

人を傷つけてしまうこともあります。

 

勇気がなくて、

卑怯な振る舞いをしてしまったり、

 

心の弱さから、

つい、ウソをついてしまったり、

 

いい大人になっても、

泣き言を言いたくなったり(^^;

 

「ああ、もう嫌になる・・・」

 

と自己嫌悪に陥ることも、

ありますよね(^^;

 

そんな私たちに、

「おいで」と言ってくれる存在。

 

「お前を捨てない」

と言ってくれる存在。

 

寄り添いながら、

つらさを分かち合ってくれる存在。

 

それが神というものなのかなあ

と思います。

 

登場人物の沼田さん

(遠藤周作さん自身の投影?)は、

こう語ります。

 

 

沼田は妻に

うしろめたかった。

 

少年の頃から沼田は

心の秘密をいつも

人間ではなく

犬や鳥に

うちあけてきた。

 

今度の場合も、

度重なる手術の失敗で、

滅入った気持ちを

あの犀鳥(さいちょう)

のような鳥に

告白したい願望が

心のどこかにあるのを、

妻はいつの間にか

見抜いていた。

 

しかし、

その方がいいという気持も

胸にある。

 

どうにもならぬ悩みを

妻に話しても

彼女が苦しむだけだ。

 

いたずらに彼女を辛くさせ、

重荷を負わせるだけではないか。

 

しかし

相手が鳥ならば・・・

 

沈黙して

受け入れてくれる。

 

 

身近な人に悩みをぶつければ、

相手を苦しませることもありますし、

場合によっては、

相手から反論されたり、

求めてもいないのに、

アドバイスされることもありますよね。

(私は妻に対して

やってしまうことがあります(^^;)

 

対して、

沈黙しながらも、

黙って受け入れてくれる鳥・・・

 

それには、神が宿っている。

(そして、実は声なき声を発している)

 

そんな気がします。

 

 

見方を変えると、

鳥や動物は、いわば、

人間の鏡になってくれるのかもしれません。

 

鳥や動物に語りかけているようで、

実は、鏡のように、

自分自身に

語りかけているのかもしれない。

 

(うちは、猫を飼っていますので、

今度、辛いことがあったら、

猫に語りかけてみようかな(^^;)

 

そういう意味では、

カウンセラーも、同じなのかもしれません。

 

決して、

沈黙して聴き続けるわけではありませんし、

そもそも、神と同じというのは、

ちっとおこがましいのですが(^^;

 

受容、共感しながら、

クライアントに寄り添い続ける同伴者、

 

暗い森の中を、ゆっくりと、

一緒に歩いていく・・・

 

それは、

「玉ねぎ」のような存在なのではないか。

 

私は、

カウンセラーとしての活動も

行っているのですが、

少しでも、

そのような存在でありたいと思っています。

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

 

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神が宿っている?

 

 

 

 


 

たぶん😸